いえるの日記帳

「いえる」とは癒える、言える、家る場所を提供するお店のこと。店の名前は決まったけどサービスは未定。準備中です。

久しぶりに身体がだるい

昨日は仕事から帰ってくるのが遅かったせいか、なんだか今日は寝起きから身体がだるい。仕事で疲れていたのもあるが、それ以外のことが影響しているような気がする。

というか明確に思い当たる。

昨日は予定でも8時前になると思っていたし、妻にもそのように伝えていた。予定通りに業務が進み、帰ろうかとしたその瞬間に同僚から話があるとのこと。参ったなとは思ったけど、最近その人は悩んでいるようだったので仕方ないかと思い、足を止めた。

案の定話を始めると色々な話が出てきて帰れる状況ではなかった。

その人、まあAさんとしよう。Aさんはすごく良い人でいつもお世話になっている。僕よりは年齢も職業の経験年数も下ではあるが、会社創設時の社員で僕より上席の社員にあたる。

にもかかわらず丁寧に僕に接してくれている。僕をさんづけで読んだり、敬語を使ってくれて、敬ってくれている感がすごい。だいぶ気を使っていてくれているようなので、一時そんなに気を使わなくても良いですよとこちらから伝えたのだが、一向にその態度を変えようとはしない。すごく気づかいがある方だ。

そんなAさんが最近悩んでいることが色々とあるらしい、一つには退職者が増えていることらしい。Aさんは部門の長ではないが、それに次ぐポジションにあたる。去年からそのポジションについている。それまでは明確には位置づけられていなかったので、そこまでプレッシャーは感じていなかったようだが、ポジションが変わってからは人の流れにも気を払うようになっているとのこと。

退職者の多くは部門の長に対しての不満が多く、折り合いがつかずに退職する人が多いように僕には思うのだが、その点について聞いたところ、Aさんもそのように感じいていると。

しかし、長は堅物で相手の意見を素直に受け入れるような人間ではないと。そこが対応の難しさであり、Aさんの悩みどころでもあるらしい。

そうなってくるとAさんの対応できる部分ではなく、さらに上席の社員から長に対して何かしら働きかけが必要だと思うのだが実際にはそうではないらしい。そこがこの会社のややこしいところ。

どうなっているのかと聞くと、長は会社創設時の社員であり、職業の経験も社長の次もしくは同じくらい。社長と長の間には副社長、GM、部長ともう一人ぐらいの社員がいるが、いずれも長よりも年齢も経験年数も下らしい。そのため、それらの社員が長に対して働きかける機会も少ないし、働きかけたとしても長にはあまり響いていないらしい。

社長の出動が必要な気もするが、社長はなぜかそういう場面では現場の人間での対処を求める。どちらかというとめんどくさいことには顔をつっこみたくないらしい。そんな状況なので、現状が大きく変わることはないようだとAさんから話を聞いた。

それは困りましたねと僕は答えたが、そこから有益な回答が出る訳もなく、あとはひたすらに傾聴をするにとどまった。

Aさんの気持ち非常に良くわかる。僕も以前の職場同様の経験をしたことがある。お局的な社員がおり、創設期の社員で僕より経験年数も上、職位的には僕と変わりないが、意見を聞き入れる様子はない。しかしその社員のせいで雰囲気の悪さや退職者がいる。どうしたもんかと思案はしたが、結局僕の方が先に退散し、その職場では2年間の勤務となった。言い訳をさせてもらえれば、入職前はその部署に行く話はなく、入社当日にいきなり配属先を変えられた。そんな状況で雰囲気を変えることに腐心出来るほど僕は人間ができていない。敗北したというよりは敵前逃亡と言った方が正しいかもしれない。モチベーションが底をついた状態で、全く興味のない部署のの雰囲気を変えることに時間を掛けるということはしなかった。

まさにその当時と同じような状況が起きている。今回は当事者でありながら、完全に第三者の視点に立って対応できているので楽ではある。第三者のままでいられるように全力でAさんを支える必要がある。

 

こんなことを長時間話してきたばかりに帰宅すると、妻の精神状態が怒りの方に傾いていた。

怒りの災禍に見舞われたためにこれほどまでに身体がだるいのだと思う。

この土日どうか無事に過ごせますように。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

書く練習は続いている

誰かを参考にして文章を書こうとしているけど、今のところ完全に我流となっている。

最近は参考図書を全く読んでいない。なぜだか集中して本を読む気がしない。

だから今は読む時期ではないということにして、無理に読まないことにしている。そうしないと窮屈になって読書自体が嫌になってしまうからもしれないので、気分に任せておこうと思う。

僕の場合無理に努力するというこは身体に良くないと分かってきたので、とりあえずそっとしておくことにする。

それでも相変わらず文章を書く行為自体は休憩しようとは思わない。おそらく楽しいのだと思う。脳の拡張のためにはこの書く行為が僕にとってはすごくいいようで、継続している。何を書くでもなく、意味のない文章であることが多いけど、それはそれで体に良いようで、日課の一つとして深く根付いているような気がする。

そんな書く練習だけど、今までは1000文字を書こうと思って意識して書いてきた。でも気づけば原稿用紙3枚分1200文字は書けるようになっている。

それぐらいは難なくできるようになっているから、ここらで原稿用紙4枚分1600文字に挑戦しようと思う。

挑戦こそ人生なんていうアグレッシブな人生は送ってきてはないけど、今回の件に関してはちょっと挑戦しても良いかなと思っている。やはり文筆家としてはある程度の分量を書けるようにならないと作品にはならないかなと思うので、やってみようと思う。

このやってみよう、やってみたいということが何よりも大事みたいなので、その気持ちとを何よりも尊重したい。

自分の気持ちを尊重しないで何を尊重するのだと言う人生をどちらかというと送ってきているので、これはやるしかない。自分ファースト、自分の生活が第一。というぐらいに自分を尊重して生きている。最近は。

前までは自分の気持ちをできるだけ抑えて、他人を優先し、謙虚に生きることが奥ゆかしさがあり、人にウケるんだと思っていたけど、別に人にウケる必要など一切ないのだということを最近理解できるようになった。

人気商売であれば人にウケるということが非常に大事になるとは思うけど、僕は一般市民で人気で生きている訳ではないので、気にする必要はないと分かってすごく気分が楽になっている。

とりあえず生きていればまずはそれで良いと思えることが出来て本当に良かった。

今まで一番気分的には楽に生きられているのではないかなと感じる。

と言いつつも口内炎はできるし、夜中目が覚めたりもする。

そんな状態でも良い方向に向かっていると思えるのは何よりも睡眠時間が確保できているからだと思う。全てのベースになるのが睡眠だと思っている。ここを蔑ろにしては凡人は生きられない。天才であればもしかしたらなんとかなるのかもしれないけど、凡人は何よりも睡眠を最優先にすることが重要だと思う。

 

そんなこんなで今日も後半に差し掛かってきた訳だけども、これからどういう文章を書いていきたいかなといつも考えるのだけど、途中でやめてします。ここに関しては今のところ縛りをしてしまうと窮屈な感じがしてやる気を失くしてしまいそうになってので、一旦保留にしている。

あと前々では知り合いにもこの文章をフェィスブックで公開していたんだけど、それも一旦辞めている。なんか周りの目がすごく気になって読みやすいものを書かないとという自意識過剰プレッシャーが発動してしまって、それが原因で一時期書くのを辞めていた。

とりあえず今のところは朝目覚めて書きたいなと思う内容をひたすらに書く練習で良いかなと思っている。それを気ままに毎日書くという日課があればまずはそれで満足している。

意味のない行為を続けると言うことが僕の人生においての重要な部分なんだと思っている。それなんなん?と他人に言われることを楽しそうにできるとなんか気分が良くなる。そうやってあほな顔をして楽しく生きて行きたい。

ただそれだけかもしれない。特に明確な目標なんていうのはない。

それでもいいのかなと思っている。というかそれがいいのだと思っている。

これからもこんな感じで自由に書いて行きたい。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

平日の朝

昨日の雨から一転今日は天気がすごく良い。

とても清々しい朝だ。

こんなに清々しい日も中々ないぐいらいの良い天気。

でも今日は平日である。

そうなると仕事があるということ。

いつも通り5時過ぎに目をさまして、一日の始まりのルーティンをこなした。

それがないとどうも身体が動き出さない。

ルーティンをこなしても、連休明けのせいか身体は重い。

まあそれも仕方がないことで、基本的には仕事に行きたくないからどうしても精神的に辛さはある。むしろ無いわけがない。

それにも関わらず、朝のルーティンのおかげでなんとか起床できていると言った方が、正しいかもしれない。それぐらいに今僕にとっては朝のルーティンは大事になっている。

 

朝何かすることがあると言うのはきっかけとしてはすごくいいものかもしれない。以前も書いたけど仕事のために朝起きるでは、動機付けとしてはちょっと弱いし、嫌な者のために行動すると言うのはどうしても気合が必要になってくる。

それを仕事ではなく、このブログを書くために起きるということであれば意外と起きられるもの。

そして、最近何回も繰り返し書いているように、就寝時間を決めてしまっているので、そのおかげで朝の目覚めも良い。

ルーティンと就寝時間を決めてしまったことが、今の僕にとっては非常に大きいように感じる。これは誰にとってもやってみる価値があるとさえ最近は思える。

 

ルーティンと繰り返し書いたが、これは日課とした方が僕の中ではしっくりくるので、日課とする。坂口恭平さんも日課と言ってたしな。

日課ってすごくいい。特に僕みたいな怠惰な人間にとっては非常に重要。怠惰というか人に予定を立ててもらうのが苦手な人間と言った方がいいのかな。人の立てた予定はすごく窮屈な感じがする。逆に自分で立てた予定はどれだけで忙しい予定でも案外やりきれたりする。勝手な人間です。

そんな僕なので、できるだけ日課はきっちりと時間を埋めたい。埋めれば時間はあっという間に過ぎ、何をしていたんだと後悔することがない。

最近は朝はそれが出来ているので、なんとなく充実している気がする。別に大した世のため人のために役に立つようなことはしていない。むしろそれが良いのかもしれない。どうでも良いことをやっていくということが僕にはあっているのかもしれないな。

 

日課があると平日の朝も怖くない。嫌な予定が入っているとしても朝が良いから、その印象もやや薄れる。まずは日課を確立することが窮屈からの解放の一歩なのかもしれない。

こんなにも良い天気なのだから、良い気分でスタートしていきたいと思う。

連休明けの平日とはいえ、今日と明日仕事に行けばまた休日が待っている。

だからこそ頑張れるというところも多分にあるような気はするけれど。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

今日で連休が終わる

分かっていたことですが、今日が最後です。

こんなにも名残惜しいことがあるでしょうか。

いつも連休の最終日には名残惜しさを感じています。

昨日までは何も感じていなかったのに。

今日目覚めた瞬間からすでに寂しいです。

明日も休みだったら良かったのにと思わずにはいられません。

しかも今日は一日雨ということで、尚更辛い。

 

問いたいところですが、実はそうでもないんですよね。

何の加減でしょうか?

これまでの連休のあるあるだと、連休の真ん中の日から徐々に気が重くなり。

前々日になると、「あー明日で連休終わりか、嫌やな」って思ってました。

そして前日にはだいぶそわそわし始めるのが常でしたが、今回は全然。

最初から最後まで連休を満喫できています。

 

おそらくは規則正しい生活のおかげではないかと思います。

仕事の日と同じ時間に起床し、就寝するというそれだけ。

仕事の日と休日に境目が無くなっているので、特に変化がない。

違いとしては一日の内容が違うだけ。

でもそこが自分にとっては最も大きかったのかもしれない。

仕事の日=朝早く起きる。

仕事が嫌いと言うよりは朝早く起きるのが嫌なだけかもしれません。

そこが克服できたので、気持ちに変化が生まれてきているような気がする。

 

克服したというとすごく努力したような言い方ですが、実際のところは早く寝ただけ。

それだけですごい大きな変化でした。

これまでは目を閉じるという行為がもったいなくて、嫌で仕方がありませんでしたが、

それは脳の錯覚と言うか、欲求に負けていただけで、本当のところは別に欲していなかったようです。

脳にやられていました。ドーパミンに。

起きていると何か良いことあるのではないかと、期待値が高まりなかなか眠れなかったようです。(睡眠の本に書いてた)

脳に騙されということは良くあるみたいですね。(たぶん)

それ以外にも騙されていることは多くありそうなので、なんで克服できひんのやろってところにもう一度フォーカス当てた方がいいかもしれない。

ただ知識がなくて出来ていないことも多くありそう。

睡眠に関しても気合で乗り切ろうとしていたところに問題があったし、他にもいろいろと悩みがあるから勉強して知識を増やしていくようにしよう。

何かのために役立てるというよりは、自分が楽になれるように勉強していることが最近は多い。

それが一番ためになるし、身に着くようなきがする。

これからも自分目線で、自分のために行動していくようにしよう。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

 

コーヒー豆を焼く

去年から少しずつ焼いている。

コーヒー豆は鮮度が命。

そう感じてからスーパーや量販店で豆を買うことをやめた。

買うの焙煎屋さんからかもしくはコーヒー豆を販売しているお店から。

以前はスーパーで安めのものを買って飲んでいた。

それで十分満足していたし、その中でも色々と探してどれが美味しいかなど色々ためしていた。

それより前だと缶コーヒーのどれが美味しいかなどもやっていた。

どれも間違いだとは思わないし、そこに正解や不正解などない。

でも一度新しものを知ると以前のものに戻れなくなるのが私の体質らしい。

しかも新しいものでも発見がないと反応しない。

コーヒーは毎回発見がある。

これほど奥深いものがあるのかと思うぐらいに奥深い。

 

まず缶コーヒーだけでもあれだけの幅を作り出せることができることがすごい。

細かく検証すればもしかしたらそんなに大差はないのかもしれないけど、

各飲料メーカーであれだけの種類を発売できるのだから、可能性は無限大と言うこと。

缶コーヒーだけでも無限なのに、スーパーで売られているコーヒーの粉も無限にある。

インスタント、ドリップパック、粉。これだけでもすでに3種類。

さらには各メーカーから味が分けられている。これを全部試すのは中々至難の業だと思う。

ここまででも十分種類がある。

 

もっと深めていこうと思えばまだまだ試せる。

豆の産地×農園×品種×精製方法×焙煎度×挽き目×抽出方法×湯温×容器×飲む場所=?

僕の思いつく限りの関係する因子だけでもこれだけある。

これはまず生きている内に自分のこれだというものを見つけるのは無理だと認識した。

どう考えても全部試せない。

とすると自ら選択肢を敢えて減らしていくしか。

すごく悲しいような気もするけど、仕方ない。

人生においても同様の選択がある。全ての道を選ぶことはできない。悲しい現実であるが、時間には制限がある。

 

そこで決めたのは基本的に焙煎した豆は同じ店からしか買わない。

まず入り口を絞っておかないと無限大に可能性と言うか選択肢が広がってしまう。

焙煎屋さんによって同じ産地、同じ豆、同じ焙煎度であっても確実に味が異なる。

そこはどうしても人が扱っているから仕方ない。このブレを容認してしまうとさらに無限大に選択肢が広がってしまう。

だからいつも同じところで買うようにした。

 

しかしそれでも可能性を残しておきたいと思って、生豆を自分で焼くようにした。

ある程度自分でコントロールできる選択肢を残しておくことで、納得して飲める。

人任せばかりして探し続けるともっと良いものがあるのではないかと無限の彼方へ旅立ってしまう。それは良くも悪くも自分の人生そのものであるので、コーヒーだけでも地に足を付けて選んでいきたい。

そう思ってコーヒーを焼くようにしている。

それでも無限に可能性が広がっているような気がして途方もない。

 

選択肢を絞ることによって、宇宙空間を彷徨っていたのが、現在は地球上を彷徨っているぐらいにちょっとは有限であるように思えるようになった。

 

コーヒー沼というが、実際にはコーヒー宇宙空間だと思う。

彷徨うよりハマるぐらいがちょうど良い。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

退職者が後を絶たない

いや~、すごい会社に入ったものです。

世間的に見れば普通なのかな。

人の出入りが多い、業界ではあるにしろ多いと思います。

今の会社に入職してから今年で3年目。

社員数は全体で30人ほど。

自分が所属する部署の人数は10人ちょっと。

入職直後は、当然ですが僕が一番入職が遅かったです。

それが気づけば、入職順で言うと5番目です。

半分が退職しました。

他の部署も含めれば全社員の半分が退職しました。

退職と同時に入って来られる方もいるので、全体の人数に差はほぼありませんが。

 

これまでに4つの職場を経験していましたが、ここまで人の出入りが多いところはありませんでした。

これだけ退職者を出すと言うことはおそらく会社側に問題があるのではないかと思います。

経営方針の問題もあるし、採用の仕方にも問題があったりするのかなと。

まあそれだけではないような気もしないけど、とりあえず問題が満載かなと思います。

 

僕が経験したこれはまずいんじゃないかなと思う点を簡単に述べておきます。

 

面接で結構うそつく。

僕は今の職種では、若手ではなく中堅ぐらいの経験年数があります。

しかし、何かに特化して学んだ経験はなく、現在の会社の業務においてはやや劣る部分があるかもしれないという話をしたところ。

社長からは、経験豊富な社員が多く、教育制度もあり、経験が不足している社員にも十分に対応できるように体制は整えてあるという話を聞かされていました。

実際のところは、経験豊富な社員は2人しかおらず、教育制度などは存在していませんでした。

まあ今のところはなんとなかなっているけど、新人や若手が入ってくるとかなり苦しみそうな感じがする。

もちろん給料面での話も面接でしたところ、試用期間はなしで最初から給料は全額支払うと言うことでしたし、契約書でも試用期間中の給料の記載などもなかったのですが。

初回の給料明細を見たところ、提示された給料の半分の金額が記載されていました。

さすがにこれは看過できないので速攻で社長に面談を申し入れ回避できました。

 

幹部職員だけ金銭面での余裕感がすごい。

昨年度末、前年の会社の業績が低下しており、幹部級以上は役職手当をカットしたが、間に合わず、社員からも給料の一部をカットさせてもらうという報告がありました。

給料カットなんて働き始めてから聞いたことないし、この業界でそんなことがあり得るのかと耳を疑いましたが事実でした。社員の動揺はものすごいものでした。

しかし、そんな話をする数カ月前に社長は新車で出社し、その数か月後にまた新車を購入し、それまで乗っていた高級外車を弟である副社長に譲るという事実が発覚しました。さらには4月から新しく幹部職員が入社し、幹部職員もいきなり、国産の上位クラスのSUVを貸与されていました。

いやいや、そこは建前でも慎ましくしとけよと。社員はそういうところ見てるぞと。

 

一部分だけ申し上げましたが、社員って結構細かいところ見ていると思うんですよ。

しかも中小企業では簡単に幹部職員の立ち居振る舞いが分かりますので、尚更です。

その辺りが分かってないのかなと感じます。

ちょっとの気遣いで社員の態度も変化してくると思いますが、その辺りは彼らに伝えたところで、おそらく無理。別言語を使っていることと思います。

 

退職者が後を絶ちませんが、特に悲壮感などはありません。

僕はしっかりと給料をもらい、休日が取れるようであれば何も問題はないので、ひっそりと会社員生活を続けて行きたいと思っています。

会社に対して反旗を翻すような意思は全く持ってありません。ゆるやかに生きて行こうと思います。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

何もない休日

幼少期から落ち着きがないと言われ続けてきました。

今も大差はないような気がします。

ジッと過ごすことがあまり好きではありません。

だから休日に家で過ごすということがすごく苦手でした。

家で過ごすことがすごく苦痛というか、もったいないというか。

休日を家で過ごしてしまうと後悔することすらありました。

なんでそんな風に思うのかは未だにわかりませんが。

 

今のところに引っ越して来て3年目になります。

来て1年目は引っ越しや生活に必要なものにお金がかかり、正直生活に余裕はありませんでした。

そのため外食や外出など出かける機会が極端に少ない時期が半年以上続きました。

休日は家でダラダラ過ごすという具合に特にやることがありませんでした。

そんな過ごし方しかできなかったので、当時はちょっとしたことでイライラして妻に怒ることもしばしば。妻は何も悪いことをしていないのに、本当に申し訳ないことをしたなと自戒しております。

 

そんな1年目を過ごし、翌年から今も続くコロナ禍での生活が続いています。

外出自粛が強いられ、自宅で過ごすことが多くなっています。

もしかしたら1年目より外出機会は減っているかもしれません。

でも1年目ほどイライラすることもなくなり、無事平穏に過ごせる時間が増えています。

 

性格的な変化というのは特には感じていないので、行動に変化が出てきているということかもしれない。

特に変化した部分としては、睡眠に重点を置くようになったということは功を奏しているというか、変化の重要な部分であるように感じる。

そもそもが寝るのがもったいないと20代のうちは感じていたし、特に休前日、休日に関しては睡眠時間を削ってでも出かけたいという感覚は強くあった。

そんな生活が気持ちに余裕をなくし、ジッとしているということを余計に嫌にさせていたかもしれない。

それに睡眠時間が少ない生活をしていると、何かに集中することもできにくくなるから、とりあえず出かけるということを繰り返していたのかもしれない。

睡眠時間が確保できてからは、朝を余裕を持って過ごすことが出来、何をしようかと考える時間も持てる、そのために何もしない時があっても選択して、何もしないということが出来ているから後悔は少ない。

 

今はっきりとしました。

何もない休日を自ら選択したということが大事で、最近はそれが出来ていると言うことがすごく重要なんだと思います。

自ら選択すれば、その結果がどうであれ、ある程度は受け入れられるということか。

これまで何もない休日というのはダラダラ過ごした結果で、本当は違うことがしたかったのにという言い訳の下、後悔が生まれていた。

でも今は今日は何もしないでおこうと自ら選択しているから、納得して何もない休日を過ごせている。

習慣とか性格ではなく、自ら行動を選択できていると言うところが、充実に繋がるということか、すごく納得しました。

また自己完結の文章を書いていしまった。

 

自らの中に起きる謎を解決するのが僕のブログですね。

いや、今日もためになりました。

解決できてよかった。これからもどんどん自分の中に起きる謎を解決していこう。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。