いえるの日記帳

「いえる」とは癒える、言える、家る場所を提供するお店のこと。店の名前は決まったけどサービスは未定。準備中です。

ホイポイカプセルが欲しい。

これはほんまに欲しいものです。真剣にこれさえあれば何もいらないぐらいに欲しいです。これは数年前から思ってて。

これあったらどこでも生きて行けるよなと。

誰か早く発明してくれへんかなと思っています。

ポチっとスイッチ押したら車でも家でもなんでも出てくるんだから。

子ども的な発想やと思うけど、これ実現出来たらすごいことですよね。

ポチっとスイッチ押したら、すぐにそこに家を建てることができて、すぐに撤収できるんですよ。

家なんて建てる必要がなくなるんですから。最高ですよね。

一軒家的なものに住みたいと思っているけど、どうしても制約がありますから。

一軒家的なものだと一度建ててしまうとそこに住み続けないといけない。

そこがどうしてもひっかかるんですよね。

嫌ではないんやけど、動けなくなるような気がしてどうも気になる。

窮屈な感じになりますよね。

だから家を買うということは今のところあんまり頭になくって、借りるという選択肢を優先して考えている。

でもそうなると選べるものが格段に少なくなるんですよね。

借りる方が自由度が低いってなんでやろ。

やっぱり買う方がお金いっぱい払うからかな。

その辺全くお金のことわかってないから、家のことも解ってないのですが。

堅牢な家を建てることよりも、移動能力が高い家の方が僕はいいなと思う訳です。

どこでもいけるから。

 

そう考えるとこの本にあるような、生活ができるといいんだろうけど、

 

ゼロから始める都市型狩猟採集生活

ゼロから始める都市型狩猟採集生活

 

 

都市に住んでない今ここまでの資源は今住んでいるところにはなくて、難しい。

かと言ってそのためだけに年に住むのもちょっとなと言う感じがするし。

中々迷うところではありますよね。

地震が多い国に住むせいで、耐震強度を満たした家でないとダメ的なことが言われてるけど、どうせいつかは壊れるんやから、雨風凌げて、それなりに断熱きいている家で、

壊れても簡単に建て直せるような家の方が現代の生活にあってるんじゃないかな。

代々住むようなことはこの先考えにくいのに良い家をみんな建てようとしすぎているような気がする。

昔みたいに子への財産としていい家を建てておくということが大事な時代であれば、人生最大の買い物として家を買うのはありかもしれないけど、そんなこともうないやろうし、いい家を建てたいというのはちょっと違うような気がする。

かと言って、安い値段で家を建てるのもちょっとなと思う。たくさんの建材を使って、ちょっと住んであとは終わりみたいなんももったいないしな。安いと融通ききにくそうやし。

となると既存の家に住むということになるけど。昔の家はなんせでかい。二人で暮らすにはちょっと大きすぎるんじゃないかな。

ということをぐるぐるしている。

となるとやはりホイポイカプセルで家という結論になる訳ですね。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

誰かがいつかホイポイカプセル作ってくれますね。

36歳でもあほみたいなこと考えながらテキトーに生きて行きます。

乾杯

乾杯!今君は人生の

大きな 大きな舞台に立ち

遥か長い道のりを 歩き始めた

君に幸せあれ!

 

ということで長渕剛氏の乾杯を冒頭に書いてみた訳なんですが、結婚式とか卒業式の歌だとは知りながら何となく書いてみました。

いや、なんとなくではなくて明日僕の誕生日だからです。

今回の誕生日は36回目のバースデイでして、ただならぬバースデイ感がある訳なんですよ。

干支がなんだって3周目ですからね。

ただならない感じがぷんぷんするんですよ。

ヤバくないですか?

そんなに自分の生まれ年の干支って回って来るんですね。なんか怖い。

時が流れたなという感じがすごくありますよね。

1番最初に干支が回って来たのが小学校の時かと思うと感慨深いですよ。遠い昔のようであり、昨日のことのようでもある。

その12年間はただただ楽しいことばっかりやった楽しい時代でしたよ。

2番目に回って来たのが社会人。

その12年間は中々苦しい時間もありましたよ。それでも1番多感な時期で楽しい時間が多かった。

そして今回。

この12年間は苦しみまくりましたよ。楽しい思い出以上に苦しさが圧倒的に多かった。その分経験することもそれまでの24年とは比べ物にならないくらいです。

12年間で4回引越しました。実家に一旦帰ったのも含めたら5回。ほんで引越しではないけど、短期の海外滞在も含めたら結構な移動で住居が変わってます。

神戸→明石→フランス→明石→陸前高田→小浜→淡路島

これは中々ないな。転勤族並みの移動を勝手にやってました。そういう仕事じゃないのに。

苦しみ含めて改めて面白い人生歩ませて貰ってます。

場所だけじゃなくて多くの人との出会いもありました。移動してなかったらまず出会えてない人ばかり。

特に結婚は移動してなかったらないもんな。岩手の人と出会うなんて思ってもみなかったですからね。

移動は様々です。

移動はこの12年間テーマやったんかなと思うぐらいの移動でしたね。

それにこんだけ移動するきっかけというか、長期で一人で旅行を始めたのご24になってすぐの年末やから、そこから始まってたかと思うと面白いなーと思います。

次の12年がどんなものになるのかさらに楽しみです。移動が加速していくのか、止まって礎を築いていくのか。どっちも経験ないから楽しみですね。

毎日発見があるから楽しい。

嫌な経験が無いわけではないし、というかむしろ嫌なことの方が多い。元々ストレス耐性があまりない僕はよく腹具合が悪くなってますが、それでも移動したい、動いていたい。

それが僕の生きがいなんではないのかななんて思っております。知らんけど。

移動しまくってたのに今年は畑を始めて、根を張る活動をしてる訳なのでしばらくは場所自体の移動はないかな淡路島で暫く暮らすとは思う。

その代わりになんか大きな変化があるのではないかなと妄想してる訳です。

淡路島にいるのは変わらないけど、住居は変わるかな。決めてないけど、一軒家にやはり住みたい。そっちの方が楽しそうな気がするから。

もっと色々作ったり、自由に暮らすには一軒家の方が楽そう。大きい声で歌いたいしね。ウクレレもっと弾きたい。ギターも弾きたいしな。歌を作ってもいいかもしれないし。家でライブやったっていいよな。だれのためでもないライブ。ライブ配信しよかな。

家の近くに畑があればもっと楽やのになと思う。もっと畑でおれる時間が増えるから楽しいやろなって。

一軒家だと住む場所にもよるけど、キャンプ行かんでもダイナミックに自然を感じることも出来るかも。今まベランダから草むらそして奥には林があるから、自然感じてるっちゃ感じてるけど2階から見てるからちょっと遠いよな。もっと近くで感じたい。

その分多くの生き物も近くからちょっと大変な感じはあるかもやけど、それはそれで良い経験。畑行くようにになってから、また子供の時みたいに虫が少しずつ触れるようになってきた。自然に近づいてるような感じがする。

歌と畑とやる訳ですが、あとはやりたいことあるかな?ペンションはもちろんのことなんですが、コーヒーショップもやりたいよね。

コーヒー実は好きなんですよ。ハンドドリップが楽しくて家で豆挽いて淹れてるわけなんですが、コーヒーの道具が少しずつ増えて楽しい。また今日も新しいドリッパーが仲間入りする予定なのですがね。あるお店の方がコーヒー豆育てるっておっしゃってたので、その豆でコーヒー入れたいなと思って。だから焙煎もやりたいわけなんですよ。生豆を仕入れて自分で焙煎して、挽いて、淹れてまでやりたい訳ですよ。

なんなら、豆も育てたい訳なんですよ。

だってそうすると凄い楽しいでしょ?

豆から育てるコーヒーショップ最高じゃないですか?

夢しかないですよ。

あとはやりたいことは旅行にもまた行きたいかな。しばらくフランスに行ってないのでまた行きたい。あとインドも行ってみたい。

あともう流行ってないかもやけど、ウユニ塩湖はやっぱり行きたい。テレビで中学か高校ぐらいの時にみて衝撃やったもんな。色んなものをテレビとか雑誌とか本で見たけど、あれはやっぱり僕の中では最高に凄いものの一つなんよな。

アフリカも行ってみたいよな。

まあでも旅行熱は以前ほど高くない訳なんですよね。何故だか。行きたいけどね。

身の回りにあることの方が興味はあるかな。

まあどんどん変わるからなんとも言えないけど。

だってこう言いながら、やっぱもう一回巡礼の旅には行きたいし、お遍路も一度はやりたいんよな。

すごい冒険感ありますやん?

 

あとは何がしたいかなー

一冊は本作りたいよね。せっかくこれだけ書いてるんだだからなんか作りたい。

誰に向けるメッセージでもないし、基本今は膨大な独り言を延々と書きまくってる訳なんやけど、小説なのかエッセイなのかわからんけど。まあ自伝本は出したいと前から言うてるのでまずはそれからかな。それを書いたら次は創作の話を書くといいのかな。死ぬまでに5〜10冊は本書いてみたいね。楽しそうやもんな。自分が読みたい本を書くといいんよな。電子書籍でも書けるみたいやし。やってみたらいいか。

あとこれは真似でしかないけど、パステル画はすごく楽しそう。僕の大好きな坂口恭平さんが毎日描いてるんだけども。それがなんともいいんですよ。あんな絵を描くことが出来て、それを家に飾れたらいいよな。楽しそうすぎるよな。

まあ今のところ思いつくのはこれぐらいかな。

これらを楽しめるようなペンションをやりたい訳ですよ。

というか実のところペンションと言いつつも無料でやりたいと思ってる訳なのです。

無料の方が来やすいでしょ?

いつでも来れるじゃない。

誰でも来れるし。

僕がやる訳だから僕の気分次第でいつでもという訳ではないかもしれないけど、体裁上はいつでもと言うことにしておいて、無料でやる訳です。

お金取っちゃうと色々と許認可を必要とされる訳ですけど、お金取らなければめんどくさいことはしなくてもいいんで、僕のペンションはお金取りません。

でもなんか手伝ってね。とかそんな感じですかね。オープンな人間ではないので、厚くもてなすということがどこまで出来るかは正直分からないけど。

やってみたいんですよ。

巡礼の時にたくさんの人にお世話になった経験があって、旅行の時に無料のところがあると良くないですか?だから。

でも無料宿泊所なんて言うと硬いのでペンションの方が響きがいいからペンションです。

あー楽しみ。

ペンションのオープンは実は僕中では決まってまして。

僕が39になる年、なので3年後か。

2023年ですかね。

39ですよ。サンキュー。

いいでしょ?

みんなにサンキューを返すために、サンキューの年、39歳に始めたいなと思ってます。

今先ほど決定しました。

決定しましたので、プロジェクトが立ち上がりました。

いやー色々と楽しみな12年が始まりますね。

大丈夫、きっと上手くいくよ。を胸に色々と行動して行きまーす。

 

未消化な記憶

別に過去に嫌なことがあったとかそんなんじゃないけど、いやあったのかもしれないけど、うんあったから未消化なんやと思う。

特に高校時代の野球部のことは未だに思い出すし、夢にみたりする。それ以降のことはあんまり思い出したりすることもあんまりない。

なんか高校のことだけ思いだすんよな。

まあどんなことかはっきり覚えてる訳でもないけど、しかもそんな大したことでもないけど思いだす。

たぶんなんか引っかかっているところがあるんやと思う。

よく思ってたのは顧問に怒られた時になんでそんなん言われなあかんねんとかって思ってたかもしれない。言い方もうちょっとあるやろとか。とりあえずなんか言われたら、態度に出してやる気無くすタイプやった。いわゆる不貞腐れるやつ。周囲からもやりにくいやつやなと思われてたと思う。

そんな僕がキャッチャーやってたんだからあかんなと今では思う。みんなが見てるポジションで態度に出すってどんなんやねんと。士気が下がってしゃあない。それなにかと色々と言われるやろなと思う。というか言わんと示しがつかない。

でも何言われたか全く覚えてない。あの当時は人の言っていることに聞く耳を持つなんてことは全くなかったように思う。ましてや学校の先生の言っていることなんて聞いたことがない。かと言ってめちゃくちゃに反抗的なわけではなく、静かに遠くから見てこいつ何言うてんねんというタイプ。あからさまにキレたりはしない。

は?という態度を取るだけ。しょうもないこと言うとるなこいつみたいな。

今考えるとほんまにクソみたいなやつやったんやなと思う。尖ってたとかそんなヤンキーみたいな分かりやすいやつじゃなくて、ただのひねくれためんどくさいやつやったと思う。そんな感じやったから何か言われれば言われるほどひねくれまくって、逆のことばっかりしてました。すいません。

素直ではなかったんですね。学校の先生から言われることを聞き入れないようにしてたのは、なんか指摘されているような気がしたというか、指導されてるというより、ただただ僕の悪いところをほじくり回してるような感じがしたから嫌やったんですよ。なんでそんな言われ方せなあかんの?っていっつも思ってた。言われ方が嫌でしかもみんなの前で言われると恥ずかしさと相まって余計に腹立って言うこと聞く気にならなかったんやと思う。

そういうのが色々と蓄積した結果今がある。そうするとどうなるかというと、ひねくれた大人が出来上がるということですね。子ども時代引きずってますよー。引きずりまくってますよー。

とにかく斜めに見るというか、批判的精神が強い。とりあえずYESとは言わない。逆にとりあえずYESという時もある。ほんとうにめんどくさい大人が出来上がっています。

でもこうやってここで書き出すことで改められそうな気がしなくはない。

未消化な記憶の一部でも消化されそうな気がする。

もしくは消化出来てないやつを一旦ゲロすることが出来たので、それはそれで良い方向に向かうんじゃないかななんて、布団の中で文章を書きながら思う訳です。

昨日晩食べ過ぎて腹具合があんまり宜しくない。

食べ過ぎもまた未消化な状態を長引かせますね。

未消化なものが多いと腹具合が悪くなって、体調も悪くなるからウンチしっかり出して体調整えていきましょう。

記憶もどんどんゲロするかウンチして体調を整えていきましょう。

大丈夫、きっと上手くいくよ。

とりあえずウンチいっぱいしよう。それから全ては始まる。

ウクレレ始めました。

パソコンを開くのがめんどくさいから、iPhoneで書いている。前も何度か書いたけどiPhoneだとなかなかささっと書きにくいもんだなと思う。やはり両手でパチパチ打った方が爽快感があっていい。

でも今は寒い。寒さを押してまで布団から出てパチパチすることはどうしてもできない。だって寒いんだもん。なんと言っても寒いんだもん。それ以上に理由はない。

これは僕の正当な理由です。寒い。何にを差し置いても寒い。もう昨日、今日の朝は冬なのです。僕にとっては。だから寒いし、布団から出られない。

布団の中で文章を書くのも悪くない。いささか打ちにくくはあるけど。あったかいから少し打ちにくいぐらい我慢できる。許容範囲です。寒いと打ちにくいを天秤にかけたら一瞬で決着がつきます。圧勝です。瞬殺です。打ちにくいの勝ちです。

まあウクレレは始めたというか再開したという感じが正しいんですが、5年ぐらい前に多分買ったような気がする。知り合いの知り合いが僕の前で弾いてみせて、たしかつじあやのという人の歌を歌ったんだと思うけど、それが妙に羨ましく。家に帰った後に速攻でポチりました。その当時はポチりグセが凄かったので、感銘受ける即ポチる。という流れが完全に出来上がっていました。感銘とポチる動作というのが連動していたので、何の迷いもなくポチりまくってました。

その結果買ったウクレレだったのですが、練習というものが嫌いなので上手く弾けるようになるまでに時間がかかったから速攻でやめました。

というか始めることもしてませんでした。チューニングとかようわからんしみたいな。チューニングってそもそもなんですかみたいな感じでチャララランって1番上の弦から下まで撫で下ろして終わりました。多分あの時も寒かったような気がします。常夏のイメージがあるウクレレでしたが、不協和音に包まれて寒気がしてそれ以上はやりませんでした。

そして3年ぐらい前にある方のたまに練習をしなきゃと思って数日やりました。弦を抑える指先が痛すぎて辞めました。痛すぎる上に感覚がなくなってこんな状態では生活できなくなるのではないかという恐怖に駆られ辞めました。あんなに指先が痛すぎて、感覚がなくなったことなんて今までなかったので怖かったのを覚えています。

という言い訳を2連発しましたが、上手くいかないことがどうしても納得行かず続けられなかったのでしょう。根拠のない俺なら出来るという謎のプライドが顔を出していましたので、出来ないはずはないと思って辞めました。納得行かなかったからですね。

プライドキングと呼ばれて久しいですが、プライドのために辞めたことは山ほどあります。そのために今のところ何も続いていません。

でも日課なら続くんですよね不思議です。どういう訳ですかね。日課と認定されたものはハードルが勝手に低くなるのか嫌にならない。もちろんこのブログのように寒くてとかいう謎の理由で中断することもあるけど、なんの罪悪感もないし、かと言って日課を毎日続けたからといって俺スゲーみたいにもならない。

当たり前というのかやる事がフツーなんですよね。

歯磨くのと同じかな。歯磨くのに上手いも下手もないのと同じで文章を書くのにも上手いも下手もないし。たまに歯磨かずに寝てしまうこともあるし、それでもそんなにガッカリしたりしない。

それが趣味というかなんかそんな感じのことで、練習をしないといけないみたいになってしまうと。やらなかったら、あーーって思うし、やったらやったで俺スゲー誰からも言われてないのに努力してる的な感じにもなってしまう。

日課ってそういうのじゃないもんな。ただ日々の中で粛々とやる感じ。やらなくてもいいし、やってもいい。そのかわりトコトンはやらない。そのぐらいの感じがちょうどいい。

ウクレレを再開して1週間経つかな。だんだんとコードを覚えて、すごく簡単にアレンジされた曲で弾き語りした。それがめちゃくちゃ気持ち良かったんですよね。

今回ウクレレを再開するきっかけになったのはまたもや坂口恭平さんでして、坂口恭平さんが気持ちよくギター弾きながら歌ってるとこみていいいなと思ってマネしてみました。ほんとはギターが良かったけど、即ポチるというクセは今は落ち着いているので、とりあえず家にあるウクレレでまずはやってみようと思いました。

ウクレレでも十分に気持ちがいい。というか歌うことがいいのかもしれない。

上手い下手関係なく自由に出来ているのもまたいいのかもしれない。

でも意外と弾けてて僕は実は才能があるんじゃないかと密かに思っている。

いつかどこかで披露しようかな。

そうしたらもっと楽しくなるかもしれない。

大丈夫、きっとうまくいくよ。

今日もそう思いながら生活しよ。

義務感を感じた瞬間に冷める

予想通りでしたね。寒くなってきて起きるのが急に嫌になったというか、布団の中が楽園に変わって。一気に起床時間が1時間遅くなりました。だって誰でも楽園にずっといたいですよね。だから仕方がないんです。それに二十四節気立冬以降は早寝遅起きを推奨しているとなんかに書いてあったので、都合よくそれを取り入れて今は早寝早起きをする時期だと思ってゆっくり起きるようにしています。自然の流れに合わせて生活するのがやっぱり自然だと思うので、そういう風にしています。都合よく取り入れるというのが僕は大事だと思っているので、今はこういう時期なんです。無理しない。流れに任せて行きましょう。

僕はこうしなきゃとか、こうしなければならないと思った瞬間と言うのか、感じた瞬間と言うのか、そうなった場合に一気にやる気がなくなります。

いわゆる義務感ってやつですよね。それが感じられるようになるとすごく嫌になってしまいます。自分の意思でやってないことにはやる気を感じないようです。

無茶苦茶ですよね。雇われ人のくせしてそんなこと言ってしまうんですよ。会社の仕事って基本決められたことなので、やらねばならんことしかないので義務感の塊ですから、雇われている場合ではないんですけどね。

というか、その義務感ていうのを勝手に最近感じていて、僕は早起きしなければならない、という感情にいつの間にかなっていたようで、それでちょっと早く起きるのが嫌になっていました。別に誰から依頼されたわけでもなく、強制されている訳でもないのにおかしいですよね。でもそういう風にいつの間にか感じてしまうんですよね。あと続けなきゃいけないみたいな。一度始めたらそれを継続しなきゃいけないみたいな感じの事をあったりすると急に嫌になる。継続することこそ素晴らしいみたいな。

たしかに継続することは大事だけど、継続しなきゃならないということはないと思うんですよね。継続したいから継続する訳であって継続が目的になるわけではないですよね。だから途中で辞めたっていいと思うし、またやりたくなったらこうやってやり始めればいいだけで、辞めてはいけないことなんてこの世にあるのかな?

ありました。生きると言うことは辞めてはいけいないと思います。そうかこれは継続やな。生きることはどんなことがあっても辞めてはいけないんじゃないかと思います。なんでって言われてもよくわからないけど。これだけは経験的に辞めたくないなと思います。これは何がどうなろうとも生きなきゃいけないような気がする。これは自分で選択できるものではない。始めたのが自分であれば辞めることは自由。辞めてもまたやり始めてたらいい。でも自分が始めたものでなければ選択権ってないんじゃないかな。いやそうでもないか。でもなんか自分で選んで始めたもの以外はやめちゃいけないような気がする。

違うな。辞めてもまたやり始められようなことじゃないと辞めたらあかんのかも。人生において唯一やり直しがきかないのが生きることですよね。それ以外はなんでもやり直せるけど、死んだらやり直せない。だから自分で選んで死んではいけないのだと思う。

また話が逸れました。

 

まあ何にしろ僕はやらないといけない感じがしたら一旦引きます。それでどうするか決めます。そこでもうやりたくないとなったら辞めます。でも早起きがしたくて起きてたわけじゃなくて文章書きたいから早く起きてたなと言うことを思い出して、また朝起きるようになりました。

朝起きてから文章を書くのが一番書きやすい。夜だとやっぱりだめで書けない。なんでかはわからないけど。

今一番やりたいことを朝にもってくることで朝が一番充実した時間になる。だから朝起きるのが苦じゃなくなるんじゃないかなと思う。

僕は好きなことを一番にしたい方なので、いや違うな。ご飯でも好きなものは最後のとておく方や。今一瞬自分の考えを勘違いしそうになった。とっておく方や。

でもその考えを改めて夜に書くより朝に書いた方が一日がよい流れになるということが分かったから。やりたいことから順番にやった方が良いということかな。

まあよくわからないけど。やりたいと思っていることを取っておいて、あとでやろうと思っても、その時に眠たくなるかもしれないし、時間が無いかもしれないので、これからも優先的にやりたいことは朝に回そうと思う。たぶん。

でも今の時期は早寝遅起きの時期だからまずは存分に楽園を味わって、味わい尽くしてそれでも書きたいとなったら起きるようにしようと思います。

いやまじで寒くなってきたな朝晩は。こうやって書いている時も手先・足先は冷えています。それが気持ちよくもありますがね。

大丈夫、きっとうまくいくよ。

と言うことで今日も一日良いスタートが切れたようでよかった。

やりたいことを優先的にというのが大事だと書きながらわかりました。

書くと勉強になることが多いです。

寒いの苦手

朝晩がだんだんと寒くなってきました。僕の苦手な季節がもうそこまでやってきていますね。まだこの季節はギリギリ好きなんですが、もっと寒くなるともういやだとなりますね。

ここ数日も寒さのせいかアラームが鳴っても即起きというのができなくなってきている。以前はそれが仕事が嫌で起きられないという感じだったのですが、日課をするようになって仕事のために起きているというよりは、日課をするために起きるようになってからは即起きができていました。でも10月後半ぐらいから徐々に起きるのが辛くなってきてこれはおそらく気温のせいだなと思うようになってきました。

本来気温の低い時というのは活動を控える時期だと思うのですが、年中同じペースで働いているのはちょっとなと思うんですよ。寒い時ってどうしても身体が動きづらいからそこを無理して動く必要はないんじゃないかなとずっと思っていて、特にこれを意識したの岩手で住んでいる時でした。

めちゃくちゃさむいんやもん。あんな寒いってどんなんやねって思います。あんな中で働く必要あるのかなと毎日思いながら、さらに仕事にも行きたくないと思っていたので毎日朝が来るのが辛くて辛くて中々布団から出ることが出来ませんでした。

あの当時は食事もだいぶ適当だったから余計に寒さを感じていたのかもしれませんが。

寒いのなんのって部屋が氷点下ぐらいになるんですから、そら寒いですよね。僕は寒すぎて24時間エアコンの暖房を使っていました。ちょっとでも寒いのが嫌やから、ずっとつけてました。そうすると部屋の中は乾燥するけど寒いよりましかなと思って。一人暮らしで家帰ったら暗いだけでなくて、寒いって辛すぎるでしょ。暖房だけでもつけてると結構違いましたね。それでも寒さに凍えてましたけどね。こたつまで使っててもそれでも寒かった。

それに向こうの冬は道路が凍るんですよ。危ないじゃないですか凍った道を運転するなんて。そんなときは運転しなくていいじゃないと思っていました。それに僕が住んでいた地域は岩手の中でもまだ温かいほうだったから10時ぐらいになると大体溶けてるんですよ。だからそこから活動しても遅くないはずとずっと思っていました。それなのにみんな朝から頑張っちゃうんだからどれだけ我慢強いんだと思っていた訳ですよ。

こういう経験があったから、僕は余計に冬が嫌いになり。冬は早く終わって欲しいと思っていたのに岩手の冬は半年もあるんですよ。11月から4月末ぐらいまで冬なんですよ。すごくないですか。怖いですよ。そんなところに寒さが苦手な僕がよく住めたなと思っています。関心します。

そんなことで最近は朝起きられません。

寒いとやる気がなくなるんです。だからこれからはブログの更新が減ったり、文章が短くなることが予想されますが、それはどうしても仕方がないことなんです。だって僕は冬が苦手だから。

かと言って別に常夏な場所で暮らしたいとは今は思ってません。そんな明るい人間ではないので、ほどよく寒いぐらいのところがちょうど良いのかもしれません。寒いと言っても氷点下にいかなければ大体大丈夫ですが、朝起きるのはつらいですけでね。気温一桁は。

その気温に日ごとに近づいているのがちょっと怖い訳ですよ。

まあだからと言ってそこを避ける手立ては今のところない訳ですが。

あるとすれば働く時間をコントロールすることぐらい。

できるならば、11月~3月末までの期間は秋冬タイムとして活動時間を10時~16時ぐらいにしたいです。そうするともっとのんびり生活できて身体にすごく優しい暮らし方ができるのではないかなと思っています。秋冬は養生の時期やって誰かが言ってたのでそれを実行したいと。

逆に4月~10月末までの春夏タイムは5時~19時ぐらいまで活動するという感じでいいんですよ。どんどん動いたらいい。そっちの方がこの時期は気持ちがいいから。

やっぱり自然に合わせた活動の仕方をした方が気持ちいいと思うんですよね。

そうありたいです。徐々にそれに近づいているような気もしなくはないですけどね。

遠くない将来そうなっているような感じがするから嬉しいです。

大丈夫、きっとうまくいくよ。

そう思いながら今日もぼちぼちやっていきましょう。