いえるの日記帳

「いえる」とは癒える、言える、家る場所を提供するお店のこと。店の名前は決まったけどサービスは未定。準備中です。

名人級の言い訳野郎です。

前回も盛大な言い訳を書きましたが、

基本的に言い訳を書いているのがこのブログかもしれません。

 

そう言えば先日、「永い言い訳」という映画を見ました。

面白かったです。あと、もっくんが超カッコよかったです。

あんな大人になりたいなと思いました。

劇中の役どころとしては最低な人間でしたが...

それでも最終的には良い人風な感じに仕上がっているようでした。

人は変わることができるということでしょうか。

 

そんなことよりも、私は言い訳上手です。

実はそうなんですよね。

これは良いのか悪いのか良く分かりません。

一般的なイメージとしては悪い方ですよね。

でも僕の中では生存戦略だと思っています。

どうすれば上手くその場を切り抜けられるかということを考えた場合の最適解が言い訳なのです。

言い訳っぽく聞こえないように、事実と織り交ぜながら話すことによってそれっぽい感じに仕上がる訳です。

そこが大事なんですよね。全部が事実と異なるとそれはそれですぐにばれてしまいますから、複雑に絡ませる訳です。複雑になると人は考えることを諦めますから、そこがポイントな訳ですね。

そうやって僕は36年間なんとかしのいできたんです。

よくよく考えると悲しいですね。

真っ当に生きている感じがしないですね。

言い訳なんて言わなくて良いなら、しない方がいいんですよ。

僕だってわかっています。

でもその習性が染みついてしまっているんです。

僕の手はもう汚れてしまっているんです。

言い訳をする前の自分にはもう戻れないんです。

悲しい事実ですが、それが現実です。

現実を受け入れた先にまた新たな道へと進むことができるんだと思っています。

とか言ってますが、これも全部言い訳です。

簡単に信用しないようにしましょう。

僕は名人ですから。

でも言い訳名人ってなんかすごくださいし、悪い人みたいですし。

詐欺師と同じように聞こえるので別の名前にしたいですね。

やっぱりここに相応しいのは「作家」ではないでしょうか。

そう考えると僕は生来の作家なんだと思います。言い訳の。

言い訳という言葉をつけるだけで一気にマイナスなイメージに転じてしまいますので、

便宜上「作家」とだけ名乗らせて頂きます。

そうすれば世間的にもやっていけそうです。

 

ただ言い訳を乱発し過ぎるのは良くないと自覚はしています。

乱発していると何が事実かというのが自分でもわからなくなります。

勝手に迷子になってしまいますので、それはそれで自ら命を絶つことにもなりかねません。

使い分けが大事だということですね。

もう一つ注意点としては、言い訳というのは現実を認めないという一面も含まれますので、そこも自覚しておく必要があります。

やりすぎると何も認めないクソヤローになりますのでご注意を。

なんでも適当、テキトーが一番です。

それを超えると毒になりますから。

あくまでも生存戦略の一つでしかないので、これだけにすがるのはよしましょう。

お気をつけて。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

 

 

 

今週のお題「告白します」

気持ちが落ち着くと書かないらしい

実はそうらしい。

何か不平不満とか感情的な動きが無いと僕は書かないらしい。

別にそれが文章に反映されるかは別として。

ひねくれものなので、その感情を文章内に書くかどうかは別問題。

でもとりあえず書くとそういった感情は落ち着くらしい。

ある種のセラピーのようなものなのかもしれない、書くという行為が。

 

坂口恭平さんは躁鬱病の治療として「手首から先運動」をすると上手くいく感じがすると言っていた。

僕は精神疾患など全くないのだけど、精神的な揺らぎはよく経験する。

しかし、坂口恭平さんのように死にたくなるほど苦しくなることはない。

そんな僕でも「手首から先運動」は非常に効果があるらしい。

 

「手首から先運動」に特に決まりはないので、文章を書くでもいいし、

料理とか編み物、絵を描く、ピアノを弾く、ギター弾く、工作するとか、

なんでもいいと思う。

とりあえず、困ったら「手首から先運動」をやってみるといいみたい。

 

そんなこんなで去年7月から書き始めて、半年以上が経過した訳ですけど、

ブ僕には色々なブームが沸き起こりました。

当然このブログを書くということから始まった訳なんですが、

書き始めた当初はまさにブーム。

書くことに対して過熱しておりました。

ひたすら書くこともあり、万字を超えることもあったり。

 

そんな最中に空前の坂口恭平さんブーム。

あれはすごかった。

神とすら思いましたね。

あんなにハートど真ん中に来ることなんて、人生初。

これでもかと坂口恭平さんの書籍を買い、発信することを注視していました。

 

そして瞬間最大風速のウクレレ

毎日仕事終わりでも弾きたくて仕方なかった。

どこへ行ったあの情熱。

でもギターが弾きたいという思いはフツフツしてます。

やっぱりギターかっこよし。

坂口恭平さんも星野源氏もギターだもんな。

マネしたい。奏でたい、歌いたい。

 

忘れてはならないブーム。

畑部。

畑部はコロナ禍だからこそ、週末問わず熱中した。

そして、畑部に関してはブームに留まらず、

もはや僕の習慣となりつつある。

生活に定着しようとしている。

そんなこともあるのだなと不思議に思う。

 

他にも去年はブームあったような気がするけど忘れた。

 

直近では進撃の巨人

漫画にここまでハマるのかというぐらいハマっている。

世が鬼滅の刃で賑わいだっているのに目もくれず。

僕は完全に進撃。

面白すぎる。

絵が苦手とかそういう先入観吹っ飛びました。

没入感すごいです。

人生について考えるきっかけ与えるぐらいの者じゃないかなと思う。

漫画にそんな力ないと思ったけど、深度がすごいです。

あの作者の方はマジすげーなと思う。

是非読んで頂きたい。

 

ほんで今のところ書くことがあまりないので、

結果的に僕の精神状態は落ち着いているそうです。

昨年後半は自粛でもしかするとエネルギーの放出先が無く、

書くしかなかったのかもしれないけど。

今年はちょっと違う感じかもしれないですね。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

 

お題「#この1年の変化

この1年の変化

去年から今年にかけて大きく変化したことは仕事において。

これまでは毎日事務所に向かい朝礼に参加し、その後訪問先に出かけていくと言うのが当たり前だった。その際にはちょっとしたこと、何気ない会話を交わしていた。

訪問先での仕事が終わると順次事務所に戻り、記録の業務やその場にいるスタッフと今日の状況を報告し合う。

そしてタイムカードを押して退勤すると言う感じの流れだった。

 

それが去年からは事務所に向かうことはなく、

直接訪問車に乗り込む。

必要物品等があれば事務所に寄ることはあるが、滞在時間は最小限。

報告事項などがあれば、SNSなどのツールを活用して、端末上でのやり取りが主。

そして訪問が終わればそのまま自宅に帰るという流れになっている。

記録はタブレット端末を使って行う。

スタッフと全く顔を会わせないのは当たり前。

 

定例のミーティングに関しても対面で行うことは無くなり、

Web会議。

 

スタッフと何気ない会話もなくなった。

 

そう言えば昼食も車の中で取るようになった。

 

会話と言えば、訪問先での利用者とのやり取りとあとは電話を通じて。

 

そんな毎日がここ1年続いている。

 

いつまでこんな状況が続くのかと思っている。

 

スタッフと顔を会わせて従来のようなやり取りを行うようになるのはいつになるのか。

 

そんな風に思いながら、日々仕事に取り組んでいる...

 

 

 

毎日ストレスが溜ま...りません!

 

実は最高なんです!

不要な会話が減り、退勤の時間も早まり基本的に定時に帰るようになりました。

月末業務で月の最後の週は残業の毎日でしたが、残業もほとんどなくなりました。

作業効率が上がりまくっているので。

今までの仕事はなんだったのかと思うばかりです。

こんな毎日が続けばいいのにと思っています。

報告事項も必要な部分だけ報告できればいいので、SNS等で十分。

顔を会わせないので、スタッフが多く事務所に残る中、定時で速攻帰るのにを気を遣うこともなくなった。

無駄な朝礼の時間も無くなるし。

ミーティングに関しては使用するツールの関係上、時間制限があり基本的には決まった時間で終わる。

あんまり話したくない人とも顔を会わせることもなくなる。

最高やないですか。

 

こんなにも僕は上記のようなことでストレスを感じていたのかと改めて痛感しています。

コロナが終息を迎えても僕はこのままでいいと思っています。

 

 

 

お題「#この1年の変化

占いが好き

神様を信じなさそうにしていますが、実はすごく興味があります。

どっか出掛けたら結構な頻度で神社に行きますしね。

それとは関係ないのですが、占いが結構好きなんです。

一時期怖かったのですが、今はまた興味が復活してきています。

 

一時期怖かったというのは、鑑定してもらってからです。

人生で初めて直に鑑定してもらったのですが、結構バシバシ言われて怯みました。

それは違う、それも違う。こうした方がいい。とかって言われて、占いってこんな感じなん?と思ってからです。

まあ図星だったから余計怖くなったというのはあったかもしれません。

図星だったからこそ、そんなはずはないと思って逆を敢えて選択するようなことをやってきました。

その人に言わせるとあなたには外国は合わないとのことでした。

だからワーホリに行ってもそのあと外国で過ごすことはないよ。行ってもすぐに帰ってくると言われました。

行っても仕方ないぐらい言われたので意地になってワーホリ行きました。

今となってみると、行くまで結構トラブル続きで行ってからも結局トラブル続き。

結果すぐに帰ってきましたからね。

あの人な言うてたことは合ってたのでしょう。

残念ながら僕には外国は合わないようです。

フランスは僕の第二の故郷であるはずなのに。

 

そんな恐怖心を感じている占いですが、またちょっとずつハマっています。

だからなんやねんって感じですが、頼りない僕にとってはこういうのは大事なのかもしれません。

何かに支えられながら生きていくということが必要なのかもしれない。

依存という訳ではないけど、コンパス的な感じで道を歩いていく時に指針となるものとして僕をサポートしてくれるツールだと思っています。

 

そんな占いの本に書いてあることに愕然としました。

目標を立てた方がいい。と書いてありました。

僕は目標がないと燃えないそうです。

そんなん誰でもそうやと思うのですが、ほかの属性のところには明確にはそんなこと書いてなかったんです。

なので僕には目標が必要なようです。

あと憧れの人とか、ライバルもいた方がいいらしいです。

そんなこと生きてきて意識したことないんですけどね。

ただただ自分だけを見て生きてきましたから。

そこがうまく行かない理由だったのかもしれないと思うようにしました。

目標ちょっと考えます。

そう言えば前に目標立てるって言って立ててなかったような気もする。

やってみます。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

 

今週のお題「告白します」

凡人の教科書

やっぱり楽に生きたい。

でもそのお手本がない。

結構いろんな本出てるけど、凡人が書いた本って何故かないんですよ。

いわゆるエグゼクティブが成功した経験談を書いてる本ばかり。

そんなにみんな成功したいか?と疑問です。

そんなこと言いながら、かつてはそんな本ばかり読んでました。

でも僕の思いを叶える本はありませんでした。

当時はなんかを成し遂げたい的ないわゆる情熱大陸思考もしくはプロフェッショナル思考を持っていた訳なんですよ。

ただ、その「なんか」がなかったから結局どうしようもなかったんですけどね。

お金欲しいぐらいしか。

そのための教科書はたしかにあったかもしれないけど、なんかちゃうかったんですよね。

まあただ単に僕が怠惰であり、継続することが出来なかったというのが本当の理由かもしれませんが。

情熱をそこに傾けることは出来ず、情熱大陸には上陸出来ませんでした。

 

そこで漂流した僕は、平凡海峡で嵐の中でこれまで生きてきました。

そうなんです、情熱大陸を目指しているから嵐の中を潜り抜ける訳ではなく、平凡海峡にすら、嵐はやってくるのです。

何故なのか。神様は何故そんな無慈悲なことをやってのけるのかと何度も思いました。

僕は平凡でいいと、凡人でいいと言っているのになぜ嵐がやってくるのか。

僕の目指すところは、平凡平野に多く住む凡人です。

情熱大陸のプロフェッショナル山の頂きに住む、少数民族の偉人などは目指してないんですよ。

 

少数民族になりたいなんて思ってないのに、世の中には少数民族になるための本しかないんですよ。

1%の人になりたい人なんてそんなにいないと思うのに、そのなり方ばっかり。

いやむしろ1%は生まれた時から決まっている。僕はそう思っています。

 

だからこそ残りの99%の人が楽に生きられるための教科書が欲しい訳なんですよ。

1%を目指すのはその人の勝手なので、否定はしませんがみんながみんな上昇思考な訳ではないんですよ。

だからこそ多くの人を助けるための凡人の教科書を誰か作って欲しい訳なんです。

凡人が凡人であるためにやり続けることもあるはず。

頂きばっかり見てたら首痛くなりますから。

平野の遠くを見てたらいいんですよ。

無理する必要ないと思うんやけどな。

どうやったらテキトーに生きられるんや。

そうは思うけども、

大丈夫、きっとうまくいくよ。

と自分に話しかける。

優しい僕でありたいと思います。

ってなんの話やねん。ということで終わります。

 

意味も目的もないものに人は興味を示さない。

僕の書く文章は大体が暗い。

人を幸せにするような文章ではない。

うわー読んで良かったなと思えるようなものはない。

なんでかなと思う。

もちろん僕がネクラであるということは大きな要因の一つ。

他に考えれるのは、意味が特になく、まとまりがないから。

メッセージが中に含まれないからだと思う。

そういうのって人は結構嫌うんじゃないかな。

しかもどこの馬の骨かわからないような人間が書く文章であれば尚更。

 

わかりやすい文章で、何を目的として書かれているかが明確であると、

読もうと思う意欲も湧くかもしれない。

有名な人の文章であれば、多少意味わからなくても読むだろうし。

どの要素もない僕の文章はおそらく読むに値しない。

そういう前提で書かれている文章だと余計に人は読まない。

にも関わらず書いている。

 

僕の闇の部分がこの文章には多く含まれているから、

読む人を遠ざけているんだと思う。

でも人って結構闇の部分てあると思う。

それを普段出さないようにしているのだと思う。

闇というのは必ずしも暴力的なことではなく、

ちょっと人とは違う変な癖とか、物の見方が偏っているとか、

そんな部分も含めて人には見せない部分というのは誰しもある。

 

そこは見せない方がお互い気持ちよく過ごせるから見せないんだと思っている。

そういうのをここで書いてしまっているから少し気持ち悪がられるんだと思う。

 

誰かに気持ち悪がられた訳ではないけど、

最近書いている文章が気持ち悪いなと感じてきたから、

今日はこんな感じの内容になっています。

 

改めて自分の文章のことについて考えている訳ですが、

事前に書くことを決めずに描き始めるからまとまりがない。

僕の書き方としては、今ふと思ったのは、書くというより、

延々と頭の中に湧いている独り言を文章にしているだけ。

独り言ってそんなまとまりないですよね。

というか一般的にこんなに長いこと独り言話すことないですかね。

独り言というとちょっとまた暗い感じするから、

ラジオだと思ってください。

生放送の。

それだとまとまりがなくても仕方がないかなと思えるかな。

ラジオでもなんの方向性もないラジオってないですもんね。

何か方向性がないと聞かないもんな。それこそ超有名なDJでもないと。

 

結局そういうことなんですよ。

人って意味すごい求めるんですよね。

意味のない行為ってほんまに意味がないと思っていて、

意味がないものを無価値だと思うんですよね。

だからすごく疲れるんんだと思うんです。

意味求めるってすごくしんどくないですか。

ドラマや映画とかで描かれるとどうしてもそういうとこ強調されるじゃないですか。

例えば何かの才能を持った主人公が不慮の事故でその才能を失ってしまって、

才能がない俺にはもはや生きている価値なんてないんだ的な。

まあ本人にとってはそうかもしれないけど、世界全体の中から見れば、

別にその主人公の才能が発揮出来ようが出来まいがそんなに元々意味ないんですよ。

だからそこまで自分を追い込む必要ないんですよ。

仮に意味はないかもしれないけど、別に意味なんかなくても無価値ではない。

というかそもそもが生きていることに価値も無価値もないわけで、

そこに評価は必要ないと僕は思うんです。

でもそんなこと言っちゃうと辛い人には辛いんですもんね。

その辺を表現することが難しいですよね。

 

だから今のところ僕は無意味で無価値なことを続けているのかもしれない。

意味や価値は無くても生きていけるというのが分かれば少しでも楽になると

自分にわかって欲しいからですね。

僕はどうしても意味や価値とかいうものにすごく縛られています。

なんでもかんでも評価することから始めてしまいます。

しかもこんな僕の価値基準で。

そういうところから変えていきたいということですね。

テキトーにだって生きていけるということを理解したい。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。

人に説明する時は

春眠暁を覚えずですね。

暦の上では春になり、朝に二度寝するのが最高に気持ち良い季節になりました。

言い訳になりますが、冬は寒くて布団から出れず、春は気持ちよすぎて布団から出れず、早起きをするつもりはあっても中々出来ないもんですね。

11月から3月ぐらいまでは早起きは出来ない体質であると言うことにしておきます。

ここ数年早起きして朝に本を読んだり、勉強をしたりしようと思うのですが、一向にできません。それに続かない。それは僕の心が弱いだけと思っていましたが、おそらくは違うようです。季節のせいなのです。季節がくれば僕も早起きが出来るのです。

なので、寒い季節は諦めて暖かい季節がくれば早起きを再開しようと思います。

今のところまだ寒いので、もう少し先になってから平日も早起きをして、朝の活動を何かしらしようと思います。

決して僕が怠惰であるわけではないです。

 

冒頭部長くなりましたが、人に説明するのが苦手です。

上手く伝わっているのかが不安になるのです。

しかも話が長くなってはいけないと思うと、余計に変なプレッシャーがかかります。

なので結局なんかようわからんことしか伝わってないです。

思いの10%も伝わってないことが多いです。

そうなってくるとだんだんと嫌になってきて、人に説明しなくなります。

その結果閉ざすというよくありがちなパターンです。

自分あるあるです。

人と話をしている時って、その人の時間をもらって話をしているので、

出来るだけ端的に上手く説明して、その人の時間を奪わないようにしたいと思います。

なので、説明する時って結構緊張します。

でも緊張すると結果すごく回りくどい説明になり、そうじゃないと心の中で思い、修正を図ろうとすると余計によくわからない方向に進んでしまい。

時間がかかっていることに気づき。

~という感じです。と勝手に結論づけて終わりがち。

だから話しして説明するのすごく苦手。

練習したらいいんでしょうけど、咄嗟の時ってそうはいかないんですよ。

事前に練習できるやつは僕も極力練習するようにしますが、

アドリブとなると中々難しいんですよ。

アドリブが苦手なんです。

 

でも文章だと相手の時間を奪うことはないですよね。

だって、相手は僕の文章を読まないという選択ができるから。

だから文章の方が好きなのかもしれない。

 

あと今気づいたけど、僕は意外とおしゃべりなのかもしれないということ。

対面での話は苦手なのにこれだけ文字を書けるということは、

話をしたいことが色々あるけど、対面で話をすると相手の時間を奪うし、上手く話せる気がしないから、それを補うために文章を書いているのかもしれない。

文字に起こして、書くのは手書きでもそうだけど、結構延々と書ける。

内容がどうあれ。

話の下手な僕と話をする余裕のある奇特な方がいれば、

また会って話しましょう。って言っときながら実際そうなると嫌なんですが。

まあそれも個性と言うことでお願いします。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。