いえるの日記帳

「いえる」とは癒える、言える、家る場所を提供するお店のこと。店の名前は決まったけどサービスは未定。準備中です。

軽やかな変人の哲学

久しぶりに書いてみる。

ちょっと我に帰ったので。

最近ちょっとずつ辞めようとしている。

それは別に大きなことではなくて、ちょっとしたこと

例えば服について

オシャレとはなんだろうと、どんな服が自分に合って、オシャレに見えるのだろうとか考えることを辞めた。

別にいちいちこんなこと言う必要もないけど、オシャレってやめるとすごく気持ちが楽になる。オシャレって本当に好きな人は自分の好みで選んでいるけど、別にオシャレすることが好きでない人は他人から見たときに今自分が着ている服はイケてる?イケてない?ということを判断基準に服を選んでいるのではないかと思う。

僕は自分がオシャレすることが好きなのではないかとか、個性を出すためにはオシャレな服が必要ではないかと思ってやってきたけど、結局のところ他人からどう見られたいかと言うことに視点を置いて服を選んできていたみたいで、40過ぎてそんなことに時間とかお金をかけることがめんどくさく感じるようになったので、辞めました。

とは言えユニクロで全身固めるのもどうかと思って、おじさんが全身ユニクロだとちょっときついかなと。ユニクロって昔よりも若い世代のために作られているような気がして、それにデザインも今風というのか、トレンドを少し取り入れようとしたりして形が変わっているから、それもちょっとしんどいかなと。

結果モンベルおじさんになることに決めた。

機能的であり、丈夫、そして大体日本中どこにでも店あるし、デザインが大きく刷新されることもなく、店に入っても自分より年上の人が多いので、安心感もある。

機能的で、丈夫で、デザインが変わらないと言うことは同じ服をずっと買えると言うことなので、自分が気に入っていた服が廃盤になるという心配も少ないので、なおさらいいかなと思って、決意しました。

それだけですごく身軽になったような気がする。

 

めちゃくちゃ前段が長くなって、何が書きたくて書き始めたか忘れてしまった。

書きながらちょっとずつ思い出していこうと思う。

ここ数日、私も妻も体調不良で、どちらかというと私の方がまだマシなので、家事と言えるほどのものではないが、買い物、洗濯、調理をしている。

作業しながらの方が色々と思索にふけることができていいなと感じたり。

そんな家事をしている最中になるほどなと思ったことがあったけど、それがなんだったのかわからない。

たぶん生きる上でのことだったと思うのだけど、生き方というか生きる上での指針?

自分が主役でないということを認識したということだったかな。

自分が何者かになりたかったというのが20〜30代ぐらいにあって、それを追い求め過ぎて疲れていたのかな。

そんなことを考えていたのかもしれない。

でもそんなこと別にどうでもいいかなとふと思ったのかもしれない。

何かを成さないといけない。

それを成すこと、成すことを目標にチャレンジしていく姿勢が人生において尊いというか、一番価値があるもので、普通の生活には価値がないと思っていたのかな。

わかりやすく言うと情熱大陸病というのか、プロフェッショナル仕事の流儀病というのか、そういった何かの分野において非常に長けた才能があり、輝くものを持っている人間こそが価値があると言うような価値観が心の憶測になぜか澱のように溜まっていたのだと思う。

でもそれって一部の価値観であって、それが全部ではないななと皿拭きながらふと感じたんだと思う。

それを書きたいなとたぶん思って、こうやって今書いているんだと思う。

歴史に残るような、多くの人の目につくような功績を残した人が価値のある人間だとしたら、僕がこれまで仕事なり、プライベートなりで付き合ってきた人のほとんどが無価値な人間になってしまうなと、そういう物の見方をしていたのではないかと。

でもそんな人物は稀有だからこそ歴史に残り、功績が讃えられるので合って、その他大勢がいるからこそ目立つ物のはずなのに、なんか勘違いしていた。

事を起こす人こそが価値あるもの、そうでない人は無価値。そんなはずない。

誰でもきづくようなことを今先ほどふと気付かされた。

事を起こす人を目指すことを良いとししていたし、周囲もそういう人間が多かったように思う。

だから、目指す事をやめることは逃げることじゃないのかなという勝手なプレッシャーも感じていたのだと思う。

会社員でいることにどこか恥ずかしさを感じていた自分がいる。

独立して、身一つで生きていく。

そういう生き方を目指していたと言うか、憧れていたのかもしれない。

独立してます、とか、起業しました、とか、響いいもんな。

なんとなくの雰囲気に流されて、価値判断してきていたのだと思う。

ただの憧れだったのかもしれない。

その憧れによってプレッシャーを勝手に感じて疲弊していたのだと思う。

一個一個自分の思想・行動パターンを棚卸しして、不要なものは捨てて、身軽な状態でこれからは生きていこうかなとなんとなく思いついた。

また言うこと変わってるとは思うけど、今日のところはそんな感じ。

結論はまだまだ出ない。

でもそうしながらなんとなく進んでいくと言うのが自分の人生なんだろうと思う。

人にどうこう言われようがどうでもいい。

責任取るのは自分。

AIさんにいただいたキャッチコピーをここで紹介したい。

「流れのままに歩く、軽やかな変人。」

結構言い当ててると思う。

ほんまにそう。

偉人にはなれない、なれても変人。

重い変人じゃなくてよかった。軽やかな変人ってなんやねんと思うけど。

 

大丈夫、きっと上手くいくよ。

文字を打ち込むという排泄行為

書いてなさすぎて驚く。

だれも待っていないとはいえ、ここまで書いていないとは。

1年ぐらい書いてなかった。

この間特段大きな変化はなく。

週5で働き、週1バイト、注文が入ればコーヒー豆を焙煎し、間の日に家庭菜園の畑へ行く。

それの繰り返しとなっている。

大きな変化がなさすぎて書くことがないというのも事実。

ただ書かなさすぎて心の内に澱が溜まっているような感じがある。

普段口数が多い方ではないので、どこかで吐き出す必要がある。

それがこの場所であったはずなのにいつのまにか書かなくなっていた。

いつのまにか見るだけ、自分の中に何かを取り込むだけになっていた。

それで最近は頭が重い感じ、心が苦しい感じがあった。

それで今日こうやって寝る時間が近いにもかかわらず書いている。

振り返ってみると忙しかったのかもしれない。

特に去年は体調を崩し、コロナ、インフルに感染し、なんとなく過ぎ去った1年だった。

今年も忙しいのか、漫然とすごしたのかいつのまにか8月。

立秋ということで暦の上では秋になっている。

こんなにも時が経つのが早いのか。

有意義に過ごせているだろうか。

とか色々とモヤモヤしている。

モヤモヤの文章をこれまでも書き続けているけど、結局何にもなっておらず。

読む人が仮にいたとして、読んだ人もモヤモヤというか、何の役にも立っていないのだろうなと思う。

 

モヤモヤの要因は先ほども書いたように色々と自分の中に入れすぎたからだと思う。

何も消化できずに溜まり続け、何にも活かしきれていない多くの素材が自分の中を漂っている。

それがだんだんと苦しくなってきたのだと思う。

アウトプットしなさいなんて言われるけど、どこでするんだろうと。

する場所がない。

だからここでしているのだけど、それをしていなかったからモヤモヤしている。

興味の赴くままに知識や情報を蓄積してはいるけど、結局それって何なんだろうと。

冷静に今思う。

ただただ時間を浪費し、お金を浪費して、蓄積というか乱雑に放置しているだけになっている。

この乱雑に放置されているものはいつか使う機会が来るのだろうか。

たぶんこない。

発酵して別のものになってくれたらいいのだけど、たぶん腐敗してそのまま居続けるだけなのだと思う。

とりあえず腐敗したものをここで排出している。

いわば排泄行為をこの場でしているのだと思う。

坂口恭平さんが、ご飯を食べたらうんこするのと同じで、知識や情報、感情を自分の中に溜め続けたら、うんこを我慢しているような状態になるから具合が悪くなるのは当然だ的な事言っていたような気がする。

今まさにその状態。

具体的に何をここで放出するのかはわからないけど、とりあえず文字として書き出すだけでも排泄行為になっているんだと思う。

文字を打ち込むごとに少しずつ心なのか頭なのか体のかはわからないけど、なんとなくスッキリしているような気がする。

これはやっぱり自分にとっては非常に大事なことなんだと思う。

人によって排泄行為の仕方は違って、僕の場合はこれがあっていると思う。

とりあえず、物理的な排泄行為ではない、感情みたいな形のないものの排泄行為も合わせて日々の中でやってかないとまさに糞詰まり状態になってしまう。

僕以外の人にも生理的ではない排泄行為の方法を見つけてもらうと健やかに軽やかに生活できるのではないかと思う。

ということで今日はまずまずスッキリしたので、この辺で。

 

大丈夫きっとうまくいくよ。

今日もなんとなく書くから支離滅裂

今年も12月になってあと残すところわずかとなっている。

1年の区切りでどうのこうの言うのはあまり好きではないけど、年々気にもなってきている。

40年生きると人も変わると言うことかなと思っている。

30代最後の年で39ということでサンキューの年にしようと。

たしかそう考えたような気がする。どれだけのサンキューを周囲の人にできたかと考えると例年と大きな差はないような気がする。

もっとたくさんのひとにお世話になったような気がするけど、近くの人に少しお礼を言ったぐらいで、過去にお世話になった離れた人たちにはあまりお礼は言えてないような気がする。

でも自分ってそんなもんかもと思う。

住む場所が働く場所を転々としているので、その都度付き合う人が変わって、前に居た場所での人たちとは疎遠になっていく。

連絡を取ることを僕からしないので、ほっておくと疎遠になっていく。

相手から連絡が来ないと僕としては元々僕には興味なかったのだと判断して、じゃあ連絡取らなくても別にいいかとなる。

そう偉そうなのだ。

偉そうにしているから、人付き合いがどんどん少なくなっているんだと最近気づいた。

相手がなんとかしてくれるだろうとか、何か思うんだったら連絡あるだろうとか。

でも自分にはそんな魅力はない。

それなのに自分は魅力的な人間だと勘違いしている。

その結果がこれだ。

あと急にこっちから連絡したら相手は迷惑だろうとも思う。

連絡が相手からこないと言うことは僕に対して興味がない、であればそんな興味のない相手から連絡が来ても相手は迷惑だろうと推察してしまう。

悪い癖だ。

お互いに気を使い合っているだけかもしれないのに、どうしてもそういう考え方になってしまう。

よくよく考えると偉そうと言うよりは、相手からはっきりと拒絶されるのが怖いだけだと思う。

そうだ怖がっているだけだ。

何かこちらが働きかけて、その結果思わぬ結果になるぐらいなら、行動せずに結果がどうなるかわからない方がいっそのこといいなという思考回路をこの40年間熟成してきたのだと思う。

なんとも恥ずかしい習性を身につけてしまったものだとがっかりする。

根っこの部分でとてもビビリなんだと思う。

いや表面的にもビビりか。

ビビりながら40年生きてきたのだと思う。

その割にはなんとなくうまく生きてきている。

大きな失敗もなければ大きな成功もないけど。

外野からいつも大声だすだけで、何もしてないけど。

まあそういう人生ということか。

諦めというか明らめか。

自分という人間を明らめることに40年を費やしてきたとしたら少々長いような気もするが、大器晩成と思って、これからの40年を大いに失敗するような行動に変えていけたらと思っている。

いやこれは嘘だ。

失敗が一番怖いと思っている。

なにしろ失敗した時の周囲の反応たるや…

と思ったけど、失敗と自分が思った時の周囲の人の反応を全く覚えていない。

ていうか失敗したことやっぱりないよな。

えいやーと思ってやった時の頻度的には少ないが、えいやーとやった時の反応は失敗というよりも温かく見守ってもらった時の方が多いかも。

と考えるとそんなもんか。

勝手に重大に考えていたかもしれない。

行動せずに失敗していることの方が圧倒的に多いかも。

あの時、違う行動してたら良かったのにというのが異常に多いような気がする。

でもこれまでの後悔したことが多すぎるせいか、具体的に後悔していることってないかも。

強いて言うなら高校の部活の最後の試合のことぐらいで、高校以降ですごい後悔して今も引きずっていると言うことはなに一つとしてない。

記憶に全く残っていないのか、後悔はないのか全然判断がつかないけど。

とりあえずオールオッケー的な感じで今はいいんじゃないかと思っている。

前向きに生きるとはこういうのじゃないっていうのはわかるけど、自分なりの前向きはこんな感じにしておこうと思う。

前向きな人が近くにいると少し疲れるほうなので、一般的な前向きは僕には向いていない。

日陰の人間なりの前向きでいいと思っている。

明るく前向きな人は僕にとって眩しすぎて、自分の日陰加減がより強調されるから苦手。

明るさは天性の才能であると言う人もいるは、最近すごく納得している。

今よりもずっと前には自己啓発本を読んで、行動を変えることで明るくなれるのではと夢想した時期があるけど、その行動自体を変えることを非常にストレスに感じた。

その行動を取ろうとして、取れない自分に対して自己嫌悪に陥り余計に暗くなるということを経験している。

そう無理な行動は禁物なんです。

ちょっとやそっとじゃ人間の気質というのは変化しない。

そういう経験を40年を通して理解し、その教訓が肌の皺のように深く刻まれている。

まだまだ色濃くその経験は残り、ある意味足枷になっている時もある。

新しいことにチャレンジしようかと思っても、三つ子の魂百までやぞ。とどこから声が聞こえてきて、いかんいかん何をとち狂っているのかと我に帰る。

その結果がこの文章である。

最終的に同じ結論に辿り着くというのはある種の才能ではないかと思うぐらいに、同じ結論に辿り着く。

自分の深層心理に対しての帰巣本能が強すぎて、抗うことができずに辛さを感じ部分もあるが帰るところがあるということの幸せもわずかながらに感じている。

才能というのはやっぱりある。

でも才能という言葉で表現するのは短絡的すぎるとも思う。

才能ではなくて細胞と言ったらいいのかな。

そんなに深い表現ではないな。

でも「あいつは才能があるからな」と「あいつのは細胞はすごいからな」と並べてみるとなんとなく後者の方が深く理解しているような気がする。

才能って表面しか見ておらず、相手の結果しか見ていない感じがして、薄っぺらいけど、細胞は目に見えないところまで理解しているように見えるから、より深い洞察の結果出た言葉じゃない?みたいな言葉の奥行きを感じさせる可能性がある。

意味不明な言葉かつ流行りの言葉でない言葉で表現することで、相手を一瞬「え?」と思わせることによって言葉に深みを与えることができるのではないか。

 

何かを目的に書こうと思ってないから、流れがめちゃくちゃになるのは当然なことだとはわかっているけど、今日もめちゃくちゃになって終わることにする。

でも言葉の言い換えは面白いなと気づいた。

結局人間って言葉で表現されたことに対して反応しているんだと思う。

感覚的に生きると言うことは難しく、言葉間に入って、その後に行動に移しているんだと思う。

何か事象が起きて、即反応ということはなくて、事象が起きて、頭の中で個人が持つ言葉のフィルターを通してから、行動していると思う。

だから言葉を変えることで行動に変化が生まれるということになる。

心が変わればは言葉が変わればでもあると思う。

なので適当な言い換えをしていくことで色々変わりそうな気がするという結論で今日は終わりたい。

みうらじゅん氏がかつて発せられた「不安タスティック」とか「ケンイコスギ」なんかもそんな感じと受け止めている。

冗談で言いつつも確信をついているような感じに見せるところがずるい。

そういう面白い言葉を密かに綴り続けられると自分に取っては幸せなのかもしれないな。

 

大丈夫きっとうまくいくよ。

さよなら三十路、よろしく四十路

昨日ついに三十路が終わりました。

今日から四十路が始まります。

感慨深い。

 

三十路と聞くと、20代によく聞いていたケツメイシのケツノポリス4に収録されていた「三十路ボンバイエ」を思い出す。

 

歌詞に「まだまだ夢も捨てたもんじゃないし…」とあったから、

当時聞いていたぼくは、「そうか三十路って、20代に感じていた色鮮やかな世界に翳りが見えてくる時代なんか」と勝手に想像していた。

でも実際に三十路に足を踏み入れてみると、決してそんなことはなくて、20代の延長のような感じで特に何の変化もなかった。

それは四十路に足を踏み入れた今日も特には変わりはなくて、結局は延長戦をずっと続けてる。

延長戦というか、ずっと地続きにあるもんなので、特別区切ってどうのこうのという感じでもない。

感慨深いような気持ちになってたけど、特に変わりはないのが実際で、表面上の身体に変化があるだけで、内面は特に変化がないのが事実だと思う。

初老とか言われる年になってはいるし、外向けにはそんな風に話はするかもしれないけど、何も変わらない。

多分世の中の人も実はそうなんじゃないかと思っている。

世間体を気にして、「まあ俺も40代になったし」みたいな感じで、そのように振る舞っているのだと思う。

だからこそそれをあえて逆に行きたい、というか、今まで通りにやっていくということを死ぬまで続けていけばいいのではと思っている。

それこそが自分らしさなんじゃないかと。

まあこういうこと言うから拗らせてるんだろうと、生きづらさの根源がここにある。

世間体を上手に活用して、それっぽく振る舞う方が多分楽なんだろうなと思う時もあるけど、何となくそれが合わない。

合わないけど、らしさ全開で行くと結局乖離が生まれて疲れる。

それもこれも組織の中で生きているからなんだろうということも分かっている。

結局のところどっち付かずでやってきたから、今がある。

悲しき性ではあるが、そういう人間なんだろう。

人間っていいなって、日本昔ばなしのエンディングで流れてたけど、ほんまにそうか?

死の危険は常にあって、安住なんて絶対にない自然界で暮らす方がよっぽどいいんじゃないかと思う。

人付き合いが苦手な側からするとめんどくさいのが何より、空気読むとか読まないとかそんなこと自体がめんどくさい。

他者援助がないと生きられない、人間は1人じゃ生きていけないんだよとか言われるけど、それは人間だけじゃなくて、動物もそうでしょと中学生みたいな難癖をつけたくなる。

分かった顔して言うてくるけど、そんなことみんな分かってる。

分かってないやつたぶんおらん。

まあまあちょっとなんか変な方向に熱くなってきたので、この話題はとりあえず置いといて。

 

四十路だ。

四十路とはなんだろうか。

世間的にはどんな状態を表すのだろうか。

おそらく、これまでの四十年の間に酸いも甘い経験して、その経験を活かして世のため人のために生きて行こうみたいな、それこそ働き盛りの十年のことを表しているのではないかと思っている。

いやーそれは無理だなと既に諦めている。

なにしろ働きたくないというのが一番最上位にあるから。

働かざる者食うべからずとは言うけれども、やっぱり働くことに不向きな人はいると思う。働くってそんな簡単なことじゃない。

だから働きたくない。

まあまた思春期でてますけど、いやずっと思春期なんだと思う。

思春期の感受性を引きずっているからこそ、こんな文章がタラタラと書けるのだと自負している。

めんどくさいんだと思います。僕の性格が。

そのせいで人生半ばでまだこんなこと言ってるんだと思います。

恭平さんとこないだ話した時に95歳ぐらいで認められたらいいかなと思ってやってるって話してて、じゃあそれ見届けることにしようと決めたから、恭平さんが95歳になるあと50年後に生きてないとダメだとおもったので、僕はとりあえず91歳までは生きることにしようと思いました。

そうすれば、恭平さんが認められたことを確認して、それを噛み締めたまましばらく過ごして、あの世に行けるなと思ったので、後50年頑張って生きます。

ということで四十路は通過点でしかない。

という結論に至りました。

四十路、五十路、六十路、七十路、八十路と道を辿る旅は続きます。

以上四十路の入り口に立った今現在の思いでございました。

よろしく四十路

 

大丈夫きっとうまくいくよ。

坂口恭平記念日

タイトルからして怪しいとは十分にわかっている。

でもこのタイトルにするしかない。

11月3日は忘れることができない出来事があったから記念日にしました。

 

昨日、11月3日にOAG Art Center Kobeという神戸市東灘区にある文化施設に行きました。

兵庫県民ではあるけれど、一般庶民の僕にはあまり馴染みのない岡本という高級な街に所在している施設でした。

oagartcenter.com

自宅から会場近くまで向かい駐車場から徒歩で会場まで向かったのですが、岡本という街はかなりきつい坂がある街なんですね。

阪急やJR沿線にはお店などもありましたが、会場に近づくにつれて完全な住宅街でしたが、施設のあるところはすぐ裏が山になっていて、自然溢れる気持ちいい場所でした。

気に囲まれた外観は穏やかで、落ち着いているし、中は中で白い壁と木の柱、吹き抜けのホールがあったりとより一層穏やかで安心する空間でした。なんせおしゃれ。

 

そんなおしゃれな空間にわざわざ行ってきたのは、現在開催されている坂口恭平さんの個展、

「EVERYDAY」を見るためです。

本当によかったです。

これにつきます。

さきほど言ったように素敵な空間に恭平さんの穏やかな心地よいBGMが会場には流れており、気持ちの良い絵が素敵に額装され展示されていました。

一つ一つの絵の配置も気持ちが良かったですし、一番好きな絵も見れました。

僕が勝手に言ってる、いわゆる「道シリーズ」の一つである、「三角郡浦の交差点」あの絵本当に最高で、何が最高かというのを表現するだけの言葉を僕は持っていないのですが、電線の感じと電柱、そして道路の形とか、信号の精密さに加えて絶妙な雲と空の割合、空の色、どれをとっても気持ちいい。でもなんとなく物悲しさというか寂しさも少しあって、でもよく見るとなんとなくウキウキするような感じもあるんじゃないかなという、色々な感情が入り混じっているような交差点の絵なのですが、本当にいい。

なんだったら買おうかなと思っているぐらいでしたが、会場に行く前からオンラインショップですでに買い手がついていました。

あと今回の個展のタイトルと一緒に描かれている、「夕暮れ」もよかったです。

夕日が僕は大好きなんですけど、この夕日太陽はまったくこの絵の中には描かれていないけど、太陽が沈んでいくまえに雲を照らしているところを描いたのではないかと思うのですが、その色の感じがまた良いんですよね。

なんという色と言っていいのかわからないけど、一般に言われているようなマジックアワーの時に太陽が雲を焼いていく感じの瞬間の雲を描いているのですが、淡い色と太陽により近いところの雲がより焼けている感じが最高にいい。

これもなんとなく物悲しさを感じるというのか、ちょっと寂しい感じもするけど、ぼーっと何も考えずに夕日を眺めている時に感じる、あの気持ちを感じさせてくれるずっと見ていられる絵です。これも早々に買い手がついていました。

どちらの絵も会場で直に見ると本当に美しく、額装され、会場に展示されているとまた違った雰囲気を感じることができました。

実物を見るというのはより気持ちを湧き立たせるというのか、なんかいいです。としか言いようがない。

 

でも実はそんな感情は実際の会場ではあまり感じてなくて、そわそわしてじって絵を見ていることができませんでした。

というのも会場に坂口恭平さんが在廊されていたからです。

会場に入るといつもXで見ていた絵が展示され、わーっと思ったのですが、2階の方から恭平さんの声が聞こえ、見上げると会場を見下ろしている恭平さんがそこにいました。

タイミングが合えば、いらっしゃるだろうとは思っていましたが、実際に恭平さんを見るとドキドキしてしまい、そこからは絵をじっくり見ることはできませんでした。

絵を見つつも恭平さんの方にどうしても意識が向かってしまい、実物を直視したい気持ちが強くありました。

アイドルのファンの方たちはこんな感じの感情なのかなと思うぐらい、気持ちが高揚しました。

僕が今まで生きてきた中でこれほどまでに全く面識のない人に会いたいと思ったことはありません。

その思いが叶うと思うと本当に嬉しかった。

 

恭平さんは僕が思っている以上に大きかったです。

大きかったというのは実際の視覚的な情報から得られた大きさというよりも、いわゆる存在感というのか、包容力というのか、なんかまじでほんとうに大きかったです。

その場にいると包まれてる感が半端じゃなかったです。

あまり体験したことない感じ。

まったくタイプは違いますが、片桐ユズルさんも包み込む力がすごかったのですが、それに匹敵するかそれ以上の感じ。

嬉しさがより一層そう感じさせたんだとは思いますが、興奮したけどすごく落ち着きました。

 

話しかけても良いものかと思いつつも、実際にあったらサインを絶対にもらおうと思っていたので、本を買いました。

ちょうど本を買う時にはレジの近くに座っておられ、自然とサインをいただける流れにこの日はなんでもタイミングが良かった。

本を手渡すと名前を書くか聞かれ、名前を伝え、僕の名前の下にハートマークいただきました。これは一生の宝です。

サインを書いてもらったその文字の配置もまた最高。

空間を使うのが本当に上手い方なんだなと思いました。

空間把握能力が凄まじいからなんでも練習するとどんどんと上達するのではと思いました。自分で言ってて意味わからんけど。

サインを書いてもらったあと、おもむろに恭平さんから手を差し伸べていただき握手していただきました。柔らかい手でした。これで色々な作品が生み出されているんだと思うと大事に両手で握手してしまいました。気持ち悪くてすみません。いきなり面識のない人間から両手で握手されると嫌だろうなとあとで振り返って思いました。舞い上がってしまい失礼な対応をしてしまった。これは本当に後悔してる。

でもあまりに嬉しすぎて最高すぎてつい自然と両手が出てしまった。

 

そのあとしばらく恭平さんと話しもさせてもらいました。

健やかに生きるために「安定供給」「温泉」というのが今は合っているそうです。そのおかげで精神的な波が少なくなっているとおっしゃっていました。

特に温泉しているときは何も考えずに入ることができるからとのこと。

普段は何も考えないということが難しいらしく、すぐに色々と考えてしまうと。休憩ができないともおっしゃっていました。

あれほどの量の作品を生み出すのですから、常に頭はフル回転で止まることがないのかと、うらやましいなと他人から見れば思うのだけど、本人からすればそれが苦痛というかしんどい時もあるんだなとおっしゃっていました。

創作するために生きているというよりは、どうすれば健やかに生きられるか、ということを意識されているようでした。

その一つとして、文章を書き、絵を描き、音楽を作りなどさまざまなものを生み出している。

自分が健やかに生きるために、ずっと自分の薬となるものを創薬しているということなんでしょうか。

死にたくなる体験を何度もしているからこそ、心身ともに健全でいられることがすごく大事だということなんだと思います。

僕にとってもいかにして健やかに生きられるかを考え続けることが、何よりも一番大事なことだなと改めて思いました。

 

本や画面越しから受け取る言葉ではなく、直に言葉を聞くとより心に染み渡りました。

湧水のように染み渡っていく感じ。

恭平さんは世界に湧水を供給してくれている。

その湧水を分けてもらって、自分の糧として生活を支えてもらっていると感じます。

そんな本当にありがたい存在を直に感じられた1日でした。

 

だからこそ11月3日は「坂口恭平記念日」と制定することにしました。

毎年11月3日はこの日のことを思い出し、健やかに生きることの大事さを振り返ろうと思う。

 

大丈夫、きっと上手くいくよ。

開業届を出してみて

めんどくさいなと思いながら、焙煎豆の販売を始めてから4ヶ月ほどが経過しても開業届は出していなかった。

別にデメリットはほとんどないという情報があったので、まあいっかみたいな感じでそのままになっていた。

売り上げもそこまでたくさん上がっているわけでもないし、そういうところもあってまあまあいいかなみたいな。

でもそれって逃げ的な感じもどこかにあって。

結構気になっていた。

販売しつつも趣味の延長やしみたいな。

そんな感じで日数が経過し、よくよく調べてみると開業日から2ヶ月以上経つと青色申告がその年はできないと。

そんな情報最初見ていた時はなかったのに。

これもそこまで売り上げ上がってないから、まあいっかと思っていたし、別にいいっちゃいいんだけど。

それに今のタイミングで開業届出すと逆に赤字の繰越の期間が短くなるのか?

その辺適当にしか調べてないからよくわかってないのだけど、まあ色々考えることはたくさんあるかもしれない。

とりあえず言い訳置いておいて開業届け出そうと一念発起して今日出してきた。

聞いてはいたけど税務署の職員の対応めっちゃくちゃそっけない。

びっくりした。

でも出したことでけじめがついたので、もっと本意気で豆売っていこうという気持ちになってきた。

開業届を出すのは税に関することのために必要なのかもしれないけど、気構えという点において重要なのだなと思う。

これで個人事業主となったので、法人化に向けて頑張ってやっていこう。

法人化するとまた違った景色が見えるんだろうと思うので、人生一度きりなんでも経験することは僕にとっての一番大事なことなので、やってみよう。

楽しみ。

 

大丈夫きっとうまくいくよ。

夕日にちょうどいいコーヒー

コーヒーを販売してから3ヶ月以上が経つ。

大きな売り上げを上げているわけではないが、赤字を出さずに生豆を仕入れることはできている。

当初の目標はある程度達成されている。

今後の目標をあらためて立てる必要がある気もするけどそれは一旦置いておいて。

 

小売業をしている人はどういうモチベーションで働いているのだろうかと思う。

当然自分が販売しているもので世の中の人が喜んでくれたらという思いでやっているのは当然の話で。

そこから先のことについては人それぞれ考え方があるのだと思う。

僕は現状兼業でやっている。

軸になる仕事とコーヒー豆、あとはヨガか。

どれか一本に絞ってやることもできるだろうし、このまま複数の仕事を並行してやることもできる。

どれがいいのかは今のところそこまで深く考えてはいない。

おそらく現状にそれなりに満足しているからだと思う。

それに今持っている仕事は特に地域に縛られることなくできる仕事だから、ちょうどいいなとも思っている。

ある時突然住んでいる場所を変えたい病が出てくるので、そうなった時に地域に縛られるような仕事だと嫌だなと言うのは常々思っている。

転職しやすい仕事を選んで本当に良かった。

それだけが今やっている仕事の全てと言ってもいいかもしれない。

仕事に対しての想いは人それぞれで、自分自身が持つ熱量の全てを一つの仕事に傾けている人もいるし、それなりにやっている人もいる。

僕としてはどちらがいいとか思わない。

どちらの選択もその人個人として不満がないのであれば、いいんじゃないかと思う。

でもそんな考えではダメだと言ってくる人もいる。

一つの仕事に全力を傾ける、そうしないと成果は得られない。

もちろんそうだと思う。

成果を得たいならそうなんだと思うけど、その成果が一体どういうものなのかと言うところがもっと大事なんじゃないかな。

お金はもちろん大事で、それがないと生きていけないから稼ぐ必要ある。

じゃあ稼ぐって結局どれぐらいかってなった時に、必要最低限でいいとなれば、全力傾けなくてもいいんじゃないかな。

必要最低限でも十分満足するサービスを提供できればいいと思う。

仕事に全力だしちゃうと仕事以外の時間で何もできなくなってしまう人もいるんじゃないかな。

しんどくなって仕事以外できなくなる方が辛い。

まあ仕事が生活の全て・自分の全てと思える人はそれでもいいんだろうけど、世の中そんなにたくさんの人がそこまで思ってないんじゃないかなと職場の人たちなんかを見ていると思う。

仕事はほどほどに仕事以外を充実させたい、みたいな。

多様性を認める時代なので、そこは認めて欲しいよなって思ってます。

多様性をー!っていうなら犯罪を犯したり、度を超えて他人に迷惑をかけるようなことがない限り、個人の主義主張はなんでもありみたいな世の中になったらいいのにな。

たぶんならんけど。

そうなったらそうなったらで若年世代の人たちも困ると思うなー

多様性って言い続けたら、その先は完全個人主義ってならないかな。

あなたの主張は認めます、だから責任はあなたが全て持ってね。みたいな

そうなっちゃうと、それはそれで辛い。

ちょうどいいって言うのは人間生きてる限りないんだろうなとようやく最近気づいた。

こちらを立てればあちらが立たずみたいなことなんだと思う。

ある人にはちょうど良くても、別の人にはちょうどよくないとなるとそこで軋轢が生まれ、先にちょうど良いと思ってた人が結局ちょうど良くなくなってくる。

エアコンの温度調整と同じような感じで、26度設定ぐらいがちょうど良いように感ているけど、それでは暑いって思う人もいるし、いやいや寒いよって言う人もいる。

そんな単純な話ではないかもしれないけど、おおよそこういう感じだと思ってる。

だから「ちょうどいい」というのは永久的に交わらない。

にも関わらず、僕は夕日にちょうどいいというコーヒー豆を売っている。

と言う話でした。