いえるの日記帳

「いえる」とは癒える、言える、家る場所を提供するお店のこと。店の名前は決まったけどサービスは未定。準備中です。

梅雨のせいかな

この一週間はすごかった。

別にすごくないかもしれないな。でも体調がすっきりせずに辛かった。

精神的には大きな変化はないけど、朝起きた時のどんより感がすごかった。

梅雨がいつもより早く来たからかな。そうなると精神的な問題やな。

まだ5月やのにこの天気何なん?ってめっちゃ思ってた。

3~5月にかけてが気候的には一番気持ちが良い。

それなのにそこの時期を楽しめないなんて本当に悲しい。

それの影響かもしれない。そうなるとどう考えてもメンタル。

メンタルの波がないと思ってたけど、メンタル。

メンタルの問題は基本的にないような雰囲気で生きて来たけど、実はメンタル崩れやすいことが30歳を超えてから実感することが多い。

平静を装うけど内側では結構荒れ狂っている。そのおかげで、口内炎・下痢・便秘は常時。

そういうのは最近はようやくましになったような気がするけど。たまにある。

 

今週は明らかな身体症状としては出てなかったけど、とにかくだるい。重い。

こんなにも身体が重いことがあるのかと思うぐらいに重く感じる時もあった。

いつもと体重が変わらないのに、いつもと重力もかわらないのに。

身体感覚というのは不思議だなと思う。

同じ状況であっても全く違うことがある。

これは脳の錯覚かな。いつでも脳は僕を騙そうとしてくる。

僕を騙して何が楽しいのだろうかと思う。

現実をそのまま認識させてくれたらいいのに、いつも何か仕掛けてくる。

どうやったら脳と上手く付き合えるのか。

 

別に殊更にそれを意識する必要はないのかもしれない。

脳がどうとか言ってるとまたちょっとおかしな方向に行きそうな気もするし。

脳の解放、脳から解放が最近のテーマになっているから。

そこを意識することはテーマからどんどんとかけ離れていくことになるから辞めよう。

自分の頭で考えようとか辞めよう。その言葉が呪縛となって今の僕があるのかもしれない。

この「自分の頭」というのがクセモノな気がしている。

別にそこまで意識する必要はないのかもしれないけど、いつの間にか自問自答するようになっていた。

それは「自分の頭」で考えて出した答えか?と。

正直そんなことどうでもいいのにそういうことに敏感になっていた時期があった。

どんな方法でもいいから、とりあえず答え出して、上手くいったらそれでいいじゃないという考えには至りにくい時期があった。

あの当時は何を考えていたのだろうか?

そうや、たしかオリジナルとは何か?みたいなことをひたすらに意識していたんや。

それそんな重要じゃないでってあの当時の自分に伝えたい。

その辺のオリジナルもそもそもを辿れば別の源流に行き当たる。

完全オリジナルでやっている人は世の中のスーパースターになっている。なってなくても一角の人物であることは間違いない。

僕みたいな庶民中の庶民で、大富豪にも大貧民にもなれない人間が意識するようなことではない。

僕はぬるい湯につかり、そよそよしているだけで十分であるということに早急に気づいて欲しい。そうでないと苦しい20代を送ることになる。

そう20代後半は遊んではいたけど、苦しさを抱える時期だった。

あれほどに自分の内面を痛めつけ、ストレスを感じていた時期はない。

まああれが無かったらここにはいないので、必要な時期ではあったかもしれなけど、もう少し早く脱出する方法が今ならあるなと思える。

必要であったとしてももう一度あの時期を体験したいとは思わない。

 

梅雨の話からすっかり遠く離れてしまった。でもあの当時は心の中は常にどんよりしていたかもしれない。外面と内面は乖離していたかもしれない。だから苦しさがあったように思う。

ずっと同じ状態が続くと人は結構疲れてしまう。それが良い時だろうと悪い時だろうと。だから毎日雨の梅雨はちょっとしんどくなるのかな。

天気もそう。毎日同じ天気だとちょっと変な感じ。晴れがあって、曇りがあって、雨もある。毎日変化があると気分は固まらないような気がする。

変化こそが人生に潤いを与えてくれるのではないかなと思う。

 

大丈夫、きっとうまくいくよ。