いえるの日記帳

「いえる」とは癒える、言える、家る場所を提供するお店のこと。店の名前は決まったけどサービスは未定。準備中です。

結構大変やった専門学校①

1年間の浪人時代の末、なんとか専門学校に入れてもらいました。

合格したというよりも入れてもらったの方が正しいような感じ。

 

オープンキャンパスには行ってなくて、

受験の時に初めて学校を訪れたので、

実際どんな雰囲気なんかよくわかってなかったです。

 

入学式の日には時間ちょうどに言ったはずなのに、

なぜか遅刻しているという始まり方。

入学式の開始5分前ぐらいに会場に行ったらいいわと思ってたら、

それより前に皆さん教室に集まっておられたようで、

僕だけ直接会場入り、教員の方々がかなり焦っておられて、

周囲の学生からはなんやこいつみたいな目で見られておりました。

スタートからいきなりつまづき、

教室に戻ってから、学科長の話があり、

その際に確か学生証が配布され、

学生証を半分に畳んで山の形にして机の上に置いただけやのに、

烈火のごとく怒られる。

そんな悪いことしたかな?となぞでしたが、

話聞いてなかったからそんなことしてたんでしょう。

高校時代の教員の話聞いてない癖がまだ抜けてなかったです。

そんな初日からスタートした訳ですが、

なんとかく高校と違ってルールというか、

厳しかったような印象。

高校卒業してまで一々言われんのめんどんいなと思いながら、

学生生活を送っておりました。

 

授業は授業で膨大に覚えることがあり、

レポート提出なんかもあるし、

勉強量多いなってなってました。

好きな科目では授業聞いてましたが、

いや好きな科目なんてなかったな、

授業は高校と同様でほとんど寝てました。

その結果1年の時のなんかの授業を落としまして、

いきなり留年の危機にさらされました。

2回試験受けたのですが、2回目の試験は60点合格の56点、

温情で4点ぐらいくれよと思いましたが、

ほとんどの授業寝ていた僕に対してそんな温情もらえる訳もなく。

でも一つ落としただけで、そんなにやばいの?と思ってました。

危機感全くなかったです。

なのに学校から家に連絡があり、

浪人してさらに留年するつもりかと怒られました。

それでもそんなに危機感は感じていませんでした。

まあ大丈夫やろと。

 

そんな怠惰な学生生活を送っていたのですが、

遊びにはしっかりと熱中しておりました、

特にこれにハマったというものはありませんが、

同級生の家に集まったり、飲みに行ったり、

車運転してどっか出かけたり、

友情はしっかりと育まれていったと思います。

そのおかげでなんとか学生生活を継続できたのかと思っています。

 

なんか書こうとしたけど、

忘れたからまた次の機会にします。

 

最後に言っておきたい、留年はしてませんからね。

標準期間の3年で無事卒業しています。